第12話三日月 海辺

 ここ数日は病室に行くことが多かったから、今日も病室に顔を出した。


「あれ?今日はいない」


 また屋上に上がれるくらい回復したのだろうか。


 久しぶりに僕は屋上へと向かった。


病室の軽い扉とは違って、鉄でできた重い扉を開けたその先に彼女は立っていた。


 あの日ほどではないけれど、月の光が彼女を淡く照らしている。


「冬夜くん!」


 彼女は右手を上げて元気よく手を振る。無邪気な笑顔がまぶしい。


 僕はそれに答えて手を振る。


「やっほー陽菜ちゃん。今日は俺たちもいるよ〜」


 少し遅れて僕の後ろについてきた咲真が顔を出す。


「咲真くん!?後ろにいるのは夏菜ちゃん?二人とも来てくれたんだ!」


 彼女のまぶしい笑顔がいっそう明るくなる。


 夏菜さんも僕たちの横に並んで、彼女に手を振る。


「うれしいな〜今日はみんなで何しよっか!」


 彼女がスキップをするようにしてこっちに近づいてくる。咲真と夏菜さんが来てくれたのがよっぽど嬉しかったんだろう。


「それなんだけどさ、今日はみんなで海行こうぜ!」


 咲真が食い気味にそれを口にした。


「えっ?」


 彼女はいきなりのことで目を真ん丸にして驚いていた。


 僕も咲真から何も聞かされていなかったから、思いっ切り振り返った。


 海だなんて、こんな寒いのに。彼女だってこんなに元気そうだけど、病人だ。


 体調だって気をつけないことがたくさんあるのに、海なんか行けるわけない。


「咲真、それは無理だよ。陽菜ちゃんは病人だよ?」


 色々考えた結果、そう言うしかできなかった。


 咲真はニヤリと笑って僕にこう言った。


「ふっ、甘いな冬夜。そう言われると思って、俺はすでに看護師さんに許可取ってるんだぜ!」


 咲真は腰に手を当ててドヤ顔になる。なんかちょっとだけむかつく顔をしているのが腹立った。


「許可っていつの間に……夏菜さん知ってた?」


 僕は夏菜さんに聞いた。


「うん。さっき受付したときに冬夜くんが先に行ったあと、看護師さんに聞いてた」


 夏菜さんは頷いてそう言った。


「私も聞いたときびっくりしちゃったよ」


 夏菜さんは僕の方を見て笑う。


「そんなときに……でも陽菜ちゃんが……」


 僕は彼女の方に視線を向けた。彼女は目を輝かせている。


 この目は何度か見たことがある。楽しいことがあるときの目だ。


「陽菜……ちゃん?」


 その様子を見て、僕の予感は的中する。


「いこう!みんなで海とか青春だよね!やってみたかったんだ〜!」


 彼女はワクワクが止められず、テンションがマックスになっている。


「というわけで、みんな早く行こうぜ!善は急げだ!」


 咲真は彼女の言葉を聞くとすぐに階段を駆け降りた。彼女もそれに続いていく。


「冬夜くん!夏菜ちゃん!はやくはやく!」


 振り向いて僕たちを呼ぶ。


「分かった、分かった。すぐ行くよ」


 僕は二人の後ろをついていく。僕たちは受付の前を通って、外の自転車を取りに行く。


「山川さん!いってきま~す」


 彼女は看護師さんに手を降って、外に出る。


「いってらっしゃい!楽しんできなよ〜」


 看護師さんはそう言って、送り出してくれた。


 僕たちは病院に来るために乗ってきた自転車にまたがる。


「あれ?そういえば陽菜ちゃんはどうするの?」


 彼女の分の自転車が無いのに気づいた僕は咲真に聞いた。


「あっ!たしかに。考えてなかった……」


 詰めが甘い。海に行くことしか考えていなかったんだろう。


 咲真がどうしようか考えていると、彼女は僕の自転車の後ろに乗った。


「え?陽菜ちゃん?」


 僕が驚いていると彼女が


「冬夜くんの後ろに乗っけてよ!一回やってみたかったんだよね〜」


とゆらゆらしながら言った。


 僕が戸惑っていると咲真が


「おぉいいじゃねぇか冬夜、それ以外に方法なさそうだし」


と言ってさっさと坂を下りていった。


「ちょ……待てって」


 僕は急いで自転車にまたがる。


「冬夜くん!先に行ってるよ!」


 夏菜さんもそう言って、坂を下り始めている。


「夏菜さんまで……もう……陽菜ちゃん!しっかり掴まっててね」


 僕は彼女の手を取って、僕の腰に手をまわした。


「うん!」


 彼女は返事をして、ギュッと僕に抱き着く。


 寒空の中感じる彼女の温かさは、彼女が生きているというなによりの証明だ。


 僕はブレーキをめいっぱいかけながら、ゆっくりと坂を下っていく。


 咲真はノーブレーキで下っていったのか、姿が全然見えない。提案者のくせに、一人だけ気持ちが先走って進んでいく。


 だけどそういうところは嫌いじゃない。僕だけならこういうことは思いつかなかっただろう。


「冬夜くん!寒いけど、風が気持ちいいね!」


 後ろに乗る彼女は風を感じて、気持ちよさそうに言った。自転車に乗るのも久しぶりだから、楽しいのだろう。


 声で彼女がウキウキしているのがよくわかる。


 僕は自転車のペダルを強く踏み込んだ。


 夜空に輝く星月が、暗い夜道に光を差しこむ。


 薄暗い田舎道に、自転車のタイヤの音だけが響く。

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