第5話下弦の月 放課後

「お〜い、さくらば〜起きろ!授業中だ。担任の授業で堂々と寝るなよ。」


 木場先生の声で目が覚めた。クラスメイトが僕の方に視線を向けているのをぼやけている目で感じた。


「すいません……最近ちょっと寝不足で」


 重いまぶたを開き、目をこする。


「顔洗って来ていいですか?」


 このまま授業を受けてもまた寝てしまうと思った僕は、廊下を指しながら先生に聞いた。


「自由だな……まぁいいけど……戻ってきたらここ読んでもらうからな」


 行ってこいと先生は親指をクイッと動かした。


 僕は教室の後ろから廊下に出て水道で顔を洗った。


「やっぱ眠いな……」


 彼女と会ってから5日がたった。

 

 毎日深夜に彼女のいる病院に通っている。彼女に会いに行くこと自体は全く問題はない。


 だが、こうやって日中眠くなってしまうのが問題だ。


 僕はまた教室の後ろから中に入った。


「眠気は覚めたか?じゃここ読んでくれ」


 席に戻った僕は立ったまま教科書を持って、先生に指示された箇所を読んだ。

 

 正直なところ眠気は全く覚めていなかったが、文章を読むぐらいならなんてことは無い。


「ん、そこまででいいぞ」


 先生にそう言われて僕は席に座る。その一時間はなんとか寝ることなく授業を終えられた。


 昼休み。持ってきた弁当を机の上に広げる。


「冬夜くん最近ずっと眠そうだよね……だいじょうぶ?」


 夏菜さんもお弁当を広げている。


「最近夜遅くまで起きてるから、昼間に眠くなっちゃうんだよね」


 あははと軽く笑って誤魔化した。


「ちゃんと寝ないと体に良くないよ」


 夏菜さんは心配そうに僕を見る。


「と〜お〜や!お前が寝るなんて珍しいな!」


 肩を強く叩かれた。


「いった……そんなに強く叩くなよ。咲真はいつも寝てるから、先生にはなんにも言われないんだよな」


 叩かれた肩がヒリヒリとしている。


 叩かれたお返しに少しだけ嫌みを混ぜた。


「うっ……そんな言い方しなくてもいいじゃんかよ。ねぇ」


 咲真は夏菜さんに同意を求めるように視線を向けた。


「ふふっそうだね。でも授業中に寝るのは良くないと思うよ」


 夏菜さんは咲真に笑顔で言った。咲真は図星をつかれて笑みを浮かべる。


「そうなんだけどさ〜……でも最近冬夜変だよな。部活終わったらすぐに帰るし」


「それは別に変じゃないだろ?部活終わったらすぐに帰るって普通じゃない?」


 僕は反論した。


「いや〜前はちょっと遅くなってもいいやぐらいで、ゆっくり帰る準備してたじゃん?でもここ何日かは速攻で荷物まとめて帰るし」


 なんだかんだ鋭い咲真に内心ドキッとした。


 そんなに分かりやすかったのか?


「あっそう言えば、夏菜さんならこないだ言ってたあの……なんとか病のこと知ってるんじゃない?」


 咲真は思いついたように言った。


 確かに夏菜さんは勉強が出来るから、僕らが知らないような知識を知っているかもしれない。


「なんとか病って?」


 夏菜さんは首を傾げて僕を見る。


「えっと、満月病って知ってる?」


 僕は夏菜さんに少し期待しながら聞いた。


「満月病?聞いたことあるよ。でも症例が少なくて、どんな病気なのかは私も詳しくは知らないよ。もしかして最近寝不足なのってそれが原因?」


「まぁ原因といえば原因だけど……」


 核心を突かれた僕は口籠った。


「でも……なんで満月病のこと知りたいの?」


 聞いてしまった以上、事情は話さなきゃいけない。僕はそう思った。


「実は……」


 あの日のことを話しだした。


 家出をしたことは話さなくてもいいかと思って省略したけど、病院に行ったこと、彼女に出会ったこと、一ヶ月だけの期間限定友達になったこと。


 咲真と夏菜さんは半信半疑ながらも最後まで聞いてくれた。


 そこまで深刻な話では無い気もするのだが、なんとなく笑い話というふうには出来なかった。


「なんだよそれ、もっと早く言えよ。その子だって友達いっぱい欲しいだろうし。ね!」


 咲真はまた夏菜さんに同意を求めた。


「う……うん!そ、そうだよ。わ、私もその子に会いたいな〜。ほら、同性の友だちも欲しいかもしれないし」


 夏菜さんは少し動揺しているように見えた。


 でも咲真や夏菜さんも友達になってくれるって分かったら、彼女も喜んでくれるかも知れない。


「なぁ!今日行っても良いよな?善は急げだっけ?期間限定ならなおさら」


 咲真はグイッと顔を近付けてきた。


「今日って、突然すぎるし、さすがに無理があるよ。夏菜さんからもなにか言ってよ」


 僕は夏菜さんに助けを求める。


 夏菜さんは急に立ち上がり、下を向いたままいつもより大きな声を出した。


「わ、私も!行きたい……行ってもいいかな?」


 いつもと違う様子の夏菜さんに僕は驚いた。普段はそんなことをするような子ではないのだが、この話をしてから少し普段と違うような気がした。


「な、夏菜さんまでどうしたの?!」


「よ〜し。そうと決まれば部活終わったら冬夜んち行くから!」


 咲真は強引に話を進める。


「ちょ、待って!勝手に話し進めるなよ!」


 僕は咲真に向かって言う。


「私、冬夜くんのお家知らないんだけどどうすればいい?」


 夏菜さんも咲真の話に乗って僕の家に来ようとしている。


「ちょ……夏菜さんも本気で来る気なの?!」


 僕が慌てていると咲真が勝手に


「じゃあ俺たちの部活終わりに一緒に行こうよ。時間おんなじぐらいに終わるでしょ?」


と夏菜さんに提案している。


「うん!じゃあ部活終わったら正門のところで待ち合わせにしよ!」


 夏菜さんと咲真は結託していてもう止められなかった。


 ここまで来たら二人を連れていくしかなくなってしまった。


「分かったよ……」


 僕はしぶしぶ納得して昼休みは終わった。


 その後の授業は放課後のことが気がかりで、寝る気にはなれなかった。


 一応彼女に二人が行くことを言っておこうと、連絡を入れておいた。

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