第15話十三夜月 瞬きの光
部活終わり、僕はまたせわしなく帰る準備をしていた。
「冬夜、今日も陽菜ちゃんのとこか?」
「うん。咲真も一緒に行く?」
どうせならみんながいた方が楽しいだろうと思って聞いてみた。
急に誘っても来れないかもしれないなんて思ったけど、その予想は裏切られた。
「あ~そうだな。行くか」
咲真はそんな軽いノリで病院に行くのを決めた。
「そんなノリで決めていいの?家の人に相談とか」
なぜか僕が動揺して変なことを聞いている。
「お前だってしてないだろ。今日は家帰ってくるの遅いって言ってたから平気だよ」
お前だっての部分にはちょっと引っかかったがその通りなので反論のしようがない。
「それに今日入れるとあと3日だろ?」
「うん…」
咲真の声に乗る言葉は重たかった。
夜空に上がる月はだんだんと丸い形を作っていく。
美しく形を作っていく月とは対極にある彼女の儚い命。
美しいその輝きが煌めきを失う瞬間が、あと少しまで迫ってきている。
彼女のキラキラとした瞳が、笑顔が無くなってしまうのが、僕には想像できなかった。
想像…したくなかった。
漠然とある死に対する不安や恐怖が形になってしまう。
人の死に触れたことのない僕がはじめて触れる死が彼女であってほしくない。
そう考えることしかできない。考えたところで何かを変えられるわけじゃない。
自問自答をする僕の肩に咲真の手が触れる。
「まぁ、あんま難しく考えんなよ。いま冬夜がやってることは間違ってねぇんだ。それは俺が断言してやる」
咲真は力強いまなざしで僕の目を見てくれる。
その瞳と言葉に籠る想いはお世辞でもなんでもなく、本心であることを僕は感じ取った。
「うん。ありがと咲真。僕は…なんか…助けられてばっかだな」
「そうだろ!もっと俺に感謝してくれてもいいんだぜ!」
咲真は調子に乗って天狗になる。
「そう言うこと言わなければちゃんと感謝するのにな」
僕がくぎを刺すような言い方をすると咲真はあははと濁すように笑った。
「じゃあ行こうか」
「あぁ」
僕と咲真は自転車に乗って暗い道に明かりをともしながら病院へと向かった。
すこしでも彼女との時間を長くできるように。少しでも彼女が輝いている時間を見れるように。
僕たちは一歩一歩屋上への階段を上がる。僕と咲真の息遣いが屋上への薄暗い階段にしみわたるようだった。
重い扉を開けた先にいつものように彼女がいる。
月に帰ってしまうかぐや姫のような彼女に僕は今日も話しかける。
「陽菜ちゃん」
僕が名前を呼ぶと彼女は煌めきを放つ瞳を向ける。
「あ!冬夜くん!咲真くんも!」
嬉しそうな声で反応する彼女に月の光が当たる。
澄み切った夜空から落ちてくる光は、まるで彼女のために降り注いでいるようにも思えた。
「今日は何の話しようか?あ、そうだ!冬夜くんの恥ずかしい過去とか聞きたいかも!」
彼女は咲真に対して距離を詰める。
「冬夜の恥ずかしい過去?あぁ、ないことはないけど」
咲真は僕を見てニヤリとした。
「ちょっとまって!陽菜ちゃん!話が唐突すぎるよ!」
二人の間に流れる空気を感じ取った僕は何とかそれを止めようとする。
だが、そんな僕をよそに咲真は彼女に話を始める。
「冬夜は小学生の時に担任の先生をお母さんって呼んだことがあるんだぜ」
「え?ほんとに!?そんな漫画みたいなべたなことあるの?」
「ほんとほんと。あの時は一瞬空気が止まってみんな大爆笑。普段から用談とか言わない冬夜がそれをやったから笑いが止まらなかったよ」
ほんとに一度だけそれをやったことがある。あの時はものすごく恥ずかしかったのを覚えている。
今は、それを彼女に知られてしまったという恥ずかしさの方が勝っているが。
「あとはそうだな…」
咲真はまだ何か言おうとしていた。
幼馴染であるがゆえに咲真は僕のことをたくさん知っている。そう言うことを話しだしたらきりが無くなってしまう。
そしてそれを彼女に知られてしまうのはむず痒くってなんだか嫌だった。
「まって咲真!これは公平じゃない。僕の秘密が知りたいなら二人も話すべきだよ」
「えぇ~?でも俺は言わなくても冬夜の過去のこと知ってるしな~」
「なら、僕は咲真の黒歴史を話すから。陽菜ちゃんは自分で。これで公平だよ」
「いや、それ陽菜ちゃんだけずるくないか?嘘言っててもわかんないじゃん」
確かに彼女だけが嘘をつける状況にある。だけどこの状況では咲真と対等な立場をとる方が僕にとっては重要だった。
「咲真君は私のこと信用してないの?」
彼女は上目遣いで咲真のことを見上げている。
その目には咲真もたじたじになってしまうようで
「いや、そう言うわけじゃないけど」
「じゃあそれでいこ~」
あざとい彼女のペースに乗せられた咲真には反論することができなかった。
「じゃあ私の話だけどそうだな…昔お父さんにバレンタインのチョコをあげたんだけど、その時のチョコが甘すぎてお父さんが虫歯になっちゃったことがあるんだ」
彼女はちょっとはにかみながら話していた…けど
「陽菜ちゃん。それはお父さんの恥ずかしい話じゃん!娘のチョコ食ったら虫歯になったっていう方のやつ。陽菜ちゃんは恥ずかしくないでしょ!」
僕がそれを言う前に咲真にすべて言われてしまった。
「あはは、バレちゃった。意外といけるかと思ったんだけどな」
彼女は舌をペロッと出して笑う。
そういえば彼女の両親を見たことが無かった。
娘がこんなときに顔を合わせに来ない。何か事情があるのかもと思って聞かずにいた。
それでも気になってしまっていた僕は、咲真が先に外に出たときにいつもの看護師さんに聞いてみた。
「あの、陽菜ちゃんのご家族ってお見舞いとかに来られないんですか」
僕の質問に看護師さんは少し辛そうな顔をして答えた。
「実は陽菜ちゃんの父親は私の兄なの。でも事故で二人とも…ね。それで私が引き取ることになったんだけど、その直後に陽菜ちゃんも。あの子は明るくて周りに弱さを見せないのよ。でも君の前だと少しだけ素が出てる気がするの」
「そう…なんですね」
「だから、私からもお願いしたいの。最後の日まであの子と過ごして欲しい。あの子が最後まで明るい顔でいられるように」
看護師さんは僕の手を握ってギュッと力を籠める。
看護師さんの涙の熱が僕の手にもしっかりと残った。
僕からは心が強く見えていた看護師さんの手が震えている。
この人も今、僕と同じ。いや、それ以上の感情を抱いているはずだ。
僕はその手をしっかりと握り返し力強く頷いた。
手が届くことのない月にも、そこにこもる想いだけは届くことを願って
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