玄関前で顔の良すぎるダウナー系美少女を拾ったら (旧題:隣室の玄関前で顔の良すぎるダウナー系美少女を拾ったら、実は隣の席の不登校女子で、教室でお弁当を手渡してくるようになった。)

ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売中!

第1部

第1章

第1話 隣室の玄関前で、顔の良すぎる美少女を拾う。

 学校から帰ると、マンションの隣室。その扉の前で、捨てられた仔犬のように膝を抱えて小さく蹲っている少女が居た。

 突発的な夕立に当たって、最悪だーと濡れ鼠で共用通路を駆け抜けようとした時に、目に入る。


 それが誰か、というのは俯き気味の顔からでもよくわかった。

 顔の良すぎる隣人。

 苗字は確か……鎖錠さじょう、だったはず。多分。

 隣室なだけで、顔見知りというわけでもない。幾度かすれ違った程度の間柄。こちらが挨拶をしても、ガン無視で愛想はなし。ぼーっとどこを見ているのかわからない虚ろな瞳は、寝起きの緩さを想起させる。


 そんな鎖錠さんを覚えていたのは、ひとえに顔の良さだ。

 整った目鼻立ちはそれだけで目を惹き、癖のある黒髪と相まってクールな印象を受ける彼女の容姿は、一目見ただけで僕の脳に刻まれてしまっていた。

 虚ろな瞳と相まって、これがダウナー系というのかなー、なんて見かける度に思っている。

 ……それに加えて、まぁ、本人とは違い主張の激しい胸も、忘れられそうにはないのもある。


 無自覚に人目を惹く鎖錠さんが、玄関扉の前に座り込んでいた。

 状況から察するに鍵を忘れたのかと思うんだけど、どうしたものか。なんかこう、心がそわっとする。

 声かけたほうがいいのかな。でも、女性に声をかけるのはなんか、どうなんだ。それも、超絶美人さん。バンド組んだりしてたら凄く似合いそう。そしてモテそう。女性に。ベースがいい、絶対。


 心の葛藤をしていたら、気付けばベースを鳴らす鎖錠さんをイメージしていた。顔が良すぎる弊害かもしれない。

 とはいえまぁ、どうあれほおってはおけないよね。

 せめてタオルぐらいと思い、声をかけることにした。


「あの……すみません」

「……」


 声をかける。反応がない。

 ヤバい、もうめげそう。

 早くも声をかけたことに後悔しながらも、一歩踏み出したら後退できないと、引きつりそうになりそうな笑顔を取り繕う。


「えっと、鍵がなくて部屋に入れないとか、ですか?」

「……」


 ようやく、俯いていた顔がゆっくりと持ち上がる。

 暗く、淀んだ真っ黒な瞳。濡れた髪を頬に張り付けた鎖錠さんは、意識が判然としてない目を僕に向ける。


「……持ってる」

「そう、なんですか?」


 強がりかな?

 そう思ったが、彼女の手には飾り気のない、無機質な銀色の鍵が握られていた。形状は僕の持つ鍵と同じ。つまり、自宅の鍵で間違いないだろう。

 なら、どうして入らないのか。

 問いかけようと口を開きかけたけど、思い直して言葉を飲み込む。

 入りたくない理由があるのはわかる。けれど、たかだか隣人が踏み込むことじゃないよね。

 気にはなる。が、その好奇心を押し殺す。


 じゃあ、どうするか。

 タオルを渡してはいさよならが一番後腐れない隣人らしい行いか。でもなぁ、いつ部屋に入れるかわからない女性を、雨に濡れたまま放置するのもよくない。オートロックのマンションとはいえ、変な人がいないとも限らないし。

 腕を組む。首を傾げる。頭を抱える。うーん、うーん。

 濡れた髪が乾きそうなほど頭を使って、よしっと両手を合わせる。これでいこう。

 考えはまとまった。後は鎖錠さんに確認を取るだけ。

 それが、なによりも勇気が必要で、緊張で嫌な汗をかく。心臓が痛いほど跳ねる。

 すー、はー。深呼吸を繰り返し……よし。精一杯の笑顔で問いかける。


「もしよかったら、うちに寄ってきますか?」

「……」

 沈黙が辛い……!


 もしかして、部屋に連れ込もうとする狼さんに見えているのだろうか?

 勿論、神に誓ってそのような不埒な真似をするつもりはない。

 ……ないのだけれど、客観的に見て、そういった状況に見えなくもないことも自覚している。

 警察呼ばれたらどうしよう。捕まるのかな、これ?

 未成年のみそらで逮捕歴が付くのは嫌だなぁ。そう思っていると、虚ろな瞳で僕を見ていた彼女の口が僅かに開く。けれども、なにも言うこともなく唇を結ぶ。


 どう、なの……?

 緊張に不安を重ねて戦々恐々伺っていると、再び顔を俯かせた鎖錠さんがポツリと呟いた。


「……どうでもいい」

 これは、許諾なのだろうか?


 わからない。わからないが、拒絶されたわけではない。

 ならば、YESだ。無言は肯定ともいうし、灰色の返答だって同じだろう。

 ……ますます女性を連れ込もうとする変質者に近付いた気がしてならない。いや、気のせい。神に誓ったし。無神論者だけど、僕。


「じゃあ、行く?」


 念のため、彼女の意志ですよー、無理矢理じゃないですよー、という体を維持するため、疑問形。

 意志薄弱。こんなんで付いてくるのか不安だったけど、ふらつきながらも立ち上がる。付いてくる気はあるらしい。


 そこから数歩。隣の部屋、つまるところ僕の家。

 玄関扉に着くと、学生鞄から鍵を探す。あ、あれ? どこだっけ? えぇっと、あーっと、あった。

 ふぅと息を吐く。ちょっと恥ずかしい。どうして、こういうスマートにしたい時に限って、テンパるんだろうね。


 鍵を開け、ドアを開く。そのまま中に入り、内側から扉を支える。


「あー、と。どうぞ」

「……お邪魔します」


 小さく鎖錠さんが言う。あ、そこはちゃんとするんだ。

 一貫して愛想なしと思っていただけに意外だった。実は良い子なのかしらん?


 靴を無造作に脱ぎ、濡れた靴下で玄関マットを踏む。

 ひぃん。なんともいえないビチャリとした感触に声なき声が漏れる。ちべたい。


「濡れてても気にしないで上がっていいから」

 どうせ僕の足で水浸しだ。


 了承したのかしていないのか。

 なんの反応も返ってこないまま、彼女は靴を脱いで上がる。そのまま振り返ると、ちゃんと靴を揃えている。……僕の分まで。やっぱり良い子だ。そして、僕は悪い子。


 湧き上がる恥じらいを誤魔化すように、「こっち」と鎖錠さんを自室へと促す。

 連れ込みじゃないよ? という言い訳なら、まだリビングの方が良いのだろうけど、あっちは人を案内できるような場所じゃないので致し方ない。ヒント:男の一人暮らし。

 自室はそこそこ小綺麗。

 携帯ゲーム機や漫画など散らかっている場所もあるが、許容範囲だろう。


「適当に座ってて」


 どうせ返事もなかろうと、返答を待たず鎖錠さんを一人部屋に残し、洗面所に走る。

 棚を漁る。とりあえずタオルを、あれ? 新品なかったっけ? 新品、新品がいい……一度でも使ったやつはノー。


 どうにかこうにか、贈呈と書かれた紙の入った未開封のタオルを引っ張り出す。

 昔、母親が新聞をとっていた時に貰ったものだろうか? ニュースはネット。新聞はいらんと思っていたけど、思いの外役に立つ。センキュー新聞。


 包装をベリベリ引っ剥がし、ドタドタ自室に戻る。


「タオル使っ……てぇーっ!?」

 脱いでいた。

 上着を、ズボンを。

 ベッドに倒れ込んでいた。

 上下お揃いの黒の下着姿で。

 黒の下着と真っ白な谷間のコントラストがとてもエッチですね……じゃなくて!


「な、なな、なんで脱いでるんですかっ!?」

「……濡れて気持ち悪いから」

 そうでしょーけども! そうだしょーけづもね!?

 仰向けでもおっぱいって形崩れないのね。邪な思考が挟まるも、慌てて背を向ける。

 そして、顔を覆う。おぅおぅ。みっちゃみちゃったよ裸……いや裸じゃないんだけど似たようなものだし、ちょっと得したと思ってしまっている自分が憎い。


「いや、でもですね?

 だからって男の部屋で脱ぐというのは、どうなのか」

 女性としての慎みとか、もう少しあると嬉しいのですよ、はい。

 おふぉー。となんとも言えない声を上げてうずくまると、「好きにすれば」というどこか捨て鉢な声が耳に届き、つい振り返ってしまう。


 僕のベッドに仰向けで転がりながら、感情の薄い、暗い瞳で天井を見つめている。


「……男なんて、そんなものでしょ」


 自暴自棄で、全てを諦めたような態度。

 それこそ、ここで僕になにをされようがどうでもいいというように。きっと抵抗しないし、なにをされても誰に言うこともないだろう。


 確かに、鎖錠さんの顔は良すぎる。洗練されていて無駄な部分はなく、綺麗で格好良い。

 その上、身体は豊満で女性的。ふくよかに実る双丘に触れたいかと言えばそりゃーめっちゃ触れたいともさ。


「バカ言うな」


 だからといって、合意ではなくただの自暴自棄に手を出すほど性欲に溺れてはいない。

 持ってきたタオルを投げる。ふぁさりと、鎖錠さんの顔に落ちる。

 彼女は顔に乗ったタオルを取ると、「あぁ」と納得したように零す。


「……濡れたままじゃ、嫌なのか」

「違うよ!?

 濡れた髪拭け以外の意味はないから!」


 だいたい本当に手を出していいなら濡れていようがいまいが関係ふにゃらがふふ。

 なんでもないよ? なにも考えてません。


「後、嫌じゃなかったら、シャワー浴びる?」

「……後から入ってくるの?」

「風邪引かないように!」


 なにこの子。ダウナークール系女子に見せかけて、脳内ピンクなのかしらん?

 暖簾のように頭からタオルを垂らしたまま、シャワーに向かう鎖錠さんを見届けて、はぁあああっと膝から崩れ落ちる。

 理性が、チェーンソーでゴリゴリ削られている気分だ。

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