第2話 元お隣さんと妹と一緒に夕食を囲む
妹の希望に則り、夕飯は姉……ではなく、
久しぶりの一人じゃない食卓。
ただし、卓に着くのは僕、鎖錠さん、そして妹だ。
なんだこの組み合わせは。
本来、ありえないはずの顔合わせに内心困惑する。
「おいしそー。
義姉さんは料理上手なんだねー?」
「……これぐらい、誰でもできる」
「兄さんは出来ない」
うるせーよ。
呑気なのか、はなから気にしていないのか。
緊張の孕んだ空気にも臆さずピザに手を伸ばす。
ビヨーンッと伸びるチーズを見て、妹がケラケラ笑っている。
「あはは。いいね。
出前以外のピザなんて初めて食べるけど、う~ん。美味!」
「え……」
妹の言葉に反応して、鎖錠さんが驚いている。
まぁ、確かに。あんまりピザを家で作ることはないかな。
うちはド○ノ派だし。
僕もピザを一切れ取る。
チーズに、玉ねぎ、トマトに、ピーマン。
日本でよく見るスタンダードなトマトソースのピザは、匂い色合い共にに食欲をそそる。
うん、美味しそうだ。
「というか、家でピザ作れるんだ」
口についた疑問を、難しい顔をした鎖錠さんが答えてくる。
「……フライパンで作れるのがあるから。
いや。そうじゃなくて。……家で作る物じゃないの?」
「美味しいからいいよー。気にしなーい、気にしなーい」
なにやらショックを受けている鎖錠さん。料理を作るようになってそこそこ経ち、腕は上がったがまだまだ常識には疎いようだ。
ズレてようがなんだろうが、美味しければいいとは思うけど。びよーん。
最初こそ食卓を囲むメンバーとその空気に違和感を覚えた夕食だったが、やはり美味しい食べ物は人を幸せにする。
振る舞ってくれたのが美少女であれば尚更で。
会話こそ少ないが、和やかな団らんとなったのはありがたかった。
「こんな美味しいご飯を毎日食べたなんて。
兄さんは果報者だねー?」
……一人スピーカーみたいにうるさい奴がいるが。まぁ、それも含めて団らんだ。うるさいけど。騒々しいけど。
うんうんと頷いて自分を納得させていると、妹が鎖錠さんの近くにあるドレッシングに手を伸ばす。
ただ、前のめりになってまで取る気がないのか、指先が僅かに届かずプルプルしている。
「横着するなよ」
横目に見て呆れていると、スッと白い手が無言でドレッシングに伸びる。
そのまま指先でススッとドレッシングを押し出し、妹の手に届くように動かした。
「わー。
ありがと、義姉さん」
ニコッと笑って、どこか甘えるような声を出す妹に、ふいっと鎖錠さんは顔を背ける。
「ドレッシング取っただけだから……」
「でも嬉しいなー」
えへへと、人懐っこく笑う妹。
戸惑いこそすれ、鎖錠さんも満更でもないのか、「ポテト食べる?」となにやら甘やかしている。
その光景を見ながら、パセリを
むぅ。なんだか釈然としない。
口の中に広がる苦味を感じながらハムハムしていると、妹の流し目が僕を捕らえる。「おやおやー?」と、その口元はからかう獲物を見つけたようににゅふふと弧を描く。なんだこの野郎。
「兄さん。
もしかして、私と義姉さんの仲があんまりにも良いから、嫉妬しちゃったのかにゃー?」
「そんなんじゃねーし。
全然気にしてなんかにゃーし」
ドレッシングもかけず、レタスをそのまま口に放り込み、ガシガシ噛む。苦い。
ただ、まぁ。
そんな風に強がってみたけど実際は。
自分にだけ懐いていた捨て猫が、他の人にもあっさり甘えたようでスッキリしなかった。「男の嫉妬は醜いぞー」という妹の揶揄に「うるせー」と突っぱねる。
わかっている。
これが嫉妬というのも。理不尽な感情であることも。
人を寄せ付けない鎖錠さんが、僕以外の誰かと仲良くすることは良いことだし、その相手が妹ではあるのも……まぁ、渋々ながら納得も、できなくはない。ない。
わかってはいるが、感情というのは『じゃあ、良くない感情だから嫉妬を抱くのは止めよう』なんて考えて止められるモノではない。
そんな簡単にコントロールできるものであれば、世の中の悩み事なんてなくなるし、きっと争い事だってなくなる。
けれど、やっぱり人間は0か1かで判断できる機械ではないから、そんな都合良くはできていない。
ただ、その嫉妬の根本にあるモノが『優越感』に起因するかもしれないと思い至った時には、ちょっとへこんだ。小さいなって思う。
箸を置いて、鎖錠さんを見る。
目鼻の整った顔立ち。
格好良く、綺麗で。
アイドルだって、こんなにも完璧な造形の女性は存在しない。もしかしたらいるかもしれないけど、僕は知らなかった。
そんな人が僕だけに気を許している。
それを嬉しいと感じることが、イケないことのような気がして滅入ってしまう。
重症だな、と思う。同時に気を付けなくちゃと。
鎖錠さんの自由を奪うような真似をしてはいけない。
「……リヒト?
どうかした?」
「ん。
あぁ、なんでもない」
ヘラッと笑う。こんな気持ち、鎖錠さんにだけは気付かせたくはなかった。
「うぷぷ」
……隣で口を手で押さえて笑いを堪えている駄妹にも知られたくはないけども。
気付いてるのか? 糞め。
内心悪態をつきつつ、ボトルのレモン汁に伸ばす。が、届かない。……。
「あの……鎖錠さん。
悪いけど、それ、取ってもらっていい?」
身体を前に倒せば届く距離。それを理解しつつ、僕は彼女にお願いをする。
ダメなんだけどなぁ。そう思うも、止めることはできなかった。
対面に座る鎖錠さんは、感情を伺わせない黒い瞳を一瞬僕に投げる。
黒曜の輝くその瞳に、内心を見透かされたようで少し焦る。
けれど、彼女はなにも言うことなくレモン汁を手に取る。
それをそのまま僕の手に乗せようとして、
「……ッ」
指先が僕の手の平に触れた瞬間、ビクッと身体を跳ねさせ飛び退くように離れた。
え? なに?
突然のことに目をパチクリ瞬かせ驚く。
鎖錠さんは僕に触れた手を、もう一方の手で包むように大きな胸の前で握る。
どこか怯えたような反応に、ガーンッと小さな衝撃が頭を襲った。
もしかして拒絶された? 触れたくもないの?
傷付いた胸を庇うように手を当て、まさかそんなと恐る恐る彼女に確認を取る。
「な、なんか悪いことした……?」
「……なんでもない」
触れた手をギュッと握り閉めたまま顔に影の差す姿は、どう考えてもなにかある。
手の平に残されたレモン汁が、彼女の拒絶の強さを表すように酷く重く感じられた。
なに、ほんと。
嫌われてるの、僕?
妹に甘いわ。
拒絶されるわ。
ご無沙汰だった鎖錠さんから、短いスパンで受ける衝撃の数々に心が軋む。顔が引きつる。
ここに誰もいなかったら、泣いていたかもしれない。
そんな僕と鎖錠さんのやり取りを見てか、妹がクスクス可笑しそうに笑みを零す。
「ほんっと、女心というものがわかってないなーうちの兄はー」
高校1年の秋。
残念ながら、生まれてこの方女心を理解できた試しはなく。
一足早い冬の訪れを胸の内に感じる。はぁ。
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