第3話 女の子がシャワーを浴びている音を聞くとそわっとする

「……シャワー借りる」

 夕食を終え、一息ついた後。

 鎖錠さんが言うだけ言って脱衣所へと消えていった。


 その宣言に、身体がそわっとするが努めて顔には出さないよう気を付ける。

 露骨に顔に出すと、隣で手ぐすねを引いて待っている妹になにを言われるかわかったものじゃない。


 とはいえ、気にしない、というのは中々難しい。

 鎖錠さんがうちに泊まるようになってから、彼女が我が家でシャワーを浴びるのはよくあることだ。そもそも、雨でずぶ濡れだった初日にもあった。


 だから慣れた……というとそんなわけもなく。

 幾度も繰り返したところで、積み重ならない経験というのは存在する。

 いつだって新鮮で、鎖錠さんに『シャワー借りる』って言われるとソワソワしていた。

 シャーという水音なんて聞こえると耳を塞いでベッドに顔を埋めることもある。


 ただ、目を瞑ったら瞑ったで、お風呂場の鎖錠さんをモワモワンっと想像してしまい、余計に落ち着かなくなってしまう。

 なので、ベランダに出てお星さまを眺めるのがマイブーム。煩悩退散。一番心穏やかになる。


 まぁ、気にはなるとはいえ。

 アニメや漫画じゃあるまいし、お風呂場でバッタリなんてお約束は起こっていない。あれ、観て読んだりしている時は気にならないが、普通、扉を開ける前にヒロインがいるのに気付くだろうと常々思っている。

 フィクションの世界にリアルを持ち込むのはご法度だが、ありえないわーと思うのだ。


 そんな感じで、表面上は平静を装いつつ、内心ソワソワしっぱなしの僕。

「いってらっしゃーい」

 対照的に、お腹を満たして夢心地なのか。

 妹は机で頬を潰したへばった状態。肘を付いて持ち上げた手を力なく振って見送っている。


 なんだかその反応が意外で、つい妹に注目してしまう。

「付いてかないんだ?」

「え?

 付いていっていいの?」

「いやよくねーけど」

 なんだよー、じゃー言うなよなーとぶつくさ文句を言って、期待で持ち上げた頬を再びべたーっと卓上に押し付ける。


 その姿がやっぱり意外で、今度は口に出さないようにしつつ内心珍しがる。


 妹は昔から女の子が好きだった。

 所謂百合とかGLとか、そういうのとは違う。多分。きっと。恐らく。いやどうだろう。

 ちょっと不安になるが違う、はずだ。


 ただ、昔から女の子とベタベタするのが好きだった。

 抱きついたり、頬にチューしたり。

 しまいには、おっぱいも遠慮なく揉み、剥き出しの太ももを撫でる。

 女の子らしいというか、同性でしかできない百合百合っとした触れ合いをしていて、『部屋でやれ』と幾度かリビングから追い返したことがある。

 あーいう女の子同士の過激な触れ合いってよく耳にするけど、童貞男子の妄想じゃなかったんだな、と初めて目にした時は小さな感動の若葉がポンッと芽生えたものだ。


 なお、この話とは関係はなく、ただの寄り道でしかないのだが。

 当時の僕の本棚に百合系のマンガやライトノベルが増えていったのを記しておく。『スト○ベリー・パニック!』はいいぞぉ。名作だ。

 若葉が百合の花を咲かせた。


 閑話休題。


 そんな女の子大好きな妹が、家に呼んだ友達と一緒にお風呂に入るのもその1つ。

 キャッキャウフフと聞こえる声に、幼き僕の性癖が歪んだのも致しかた――ではなく。

 美人でおっぱいも凄い鎖錠さんと一緒にお風呂に入りたがらないというのは、僕にとっては小さな衝撃を受ける程度には、予期せぬ出来事だった。


 これは本当に妹なのか?

 実は狐が化けているのでは?

 今にも、きつね○ンスを踊りだすかもしれない。もしくは、どん○衛食べだす。


 そんなことを思って見ていると、僕の視線か、もしくは表情から察したのか。

 頬を机に付けたままの体勢で、いやー、と目を棒にして口を開く。

「めっちゃ一緒に入りたいんだけどねー。

 義姉さん。美人だし、めっちゃおっぱいデカいし」

 おい。事実だけど。おっぱいデカいけど。そういうこというな。

 シャワー浴びてるの思い出してソワソワしちゃうでしょ。


「背中洗いたいなーとか、揉みたいなーとは、女の子なら当然抱く感情だからさー。

 あ、兄さんみたいに挟んでほしいとは流石に思わないけど」

「おいこら」

 へらへら笑われる。兄に下ネタぶちかますな。

 でも、とどことなく寂しそうに瞳を端に寄せた妹が言う。

「できないんだよねー」

「?」


 やらない。ではなく、できない。

 その意図をはかりかねて、疑問符が頭の中を飛び回る。

 鎖錠さんちから一緒に出てきたし、その時に断られたのだろうか。


 不思議に思っていると、「あぁ、でも」とからかうように妹が笑う。

「義姉さんに。

 おっぱい触ってもいいとは言われたんだよねー」

「マジでなにしてたの!?」

 どういう流れになれば、鎖錠さんの口から『おっぱい触る?』なんて言葉がこぼれ落ちるというのだろうか。エロゲでもそんな選択肢なかなかないぞ。中か外かは定番だけど。


 驚愕に打ちひしがれていると、「どうだー、羨ましいかー」と自慢するように無邪気に笑う。

 もちろん僕は「羨ましくないし」と強がったが、内心は血涙を流すぐらいとてもとても悔しかった。おのれ。


 ギリギリと歯を食いしばる。

 ただ、鎖錠さん本人がいつ出てくるかもわからないのに、この話を続けるのもよろしくない。

 なので、話題を変えるべく、訊かなくちゃと思っていたことを尋ねてみる。


「そういえば、お前寝床どうするの?」

 妹の部屋とベッドは鎖錠さんが使っている。というか、妹が明け渡した。

 泊まっていくとは訊いていないが、日はとっくのとうに暮れている。

 観てもいないのに付いているテレビではゴールデンタイムのバラエティ番組が流れている。クイズに答えた壇上の芸人が、昔から良く見る司会者に『違います!』と一刀両断にされているところであった。

 そんな時間に、いくら非常識な妹とはいえ北海道に帰ると言い出さないだろう。それ故の確認作業だ。


 まぁ、おおかた両親の寝室を使うんだろうけど。

 そう思っていると、なぜかキョトンとした妹が平然ととんでもないことを口にした。


「……?

 兄さんの部屋で一緒に寝るけど?」


 それがなにか? と銀の瞳で語ってくる妹に言葉を失う。

 なに言ってんのこいつ?

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