第6話 起きているけど起きていないお隣さんに問う

 そもそもとして。

 全ての元凶は妹にあると思う。


 なんの連絡もせず、いきなり家に帰ってくるし。

 どういうわけか、鎖錠さんの家から出てくるし。

 どんな話をしたのか、鎖錠さんが引っ越してくることになるし。


 こうして、鎖錠さんと妹に挟まれて、眠れない夜を過ごすことになってしまったのも、全ては妹が一緒に寝ようなんて言い出したからに他ならない。

 誓って、僕が優柔不断で断りきれなかったからではない。絶対に。

 というわけで、目が冴えて眠れないので、1つ妹に文句を言っておく。


「妹が悪い」

「えー。

 妹は悪くないぞー。

 悪いのは兄だ。たとえ、妹が本当に悪くっても、罪は被るのは兄だって法律で決まってるし」

「どこの国の法律だ」

「私」

 お前女王だったのかよ。住みたくねーはそんな国。秒で滅びる。滅びろ。


「だいたい、断わんなかったのは兄さんじゃん。

 今更、その話を蒸し返されてもなー」

「そりゃー、あれだよ……あれ」

「どれ?」

 どれだろうね……。

 視線が暗がりを泳ぐ。


 鎖錠さんが『……いい』と了承したのに驚いたというか、拒否しづらかったというか。

 気付いたら一緒に寝ていたというか……時間飛んでない?

 あれそれと指示で誤魔化そうとしたけど、意地悪な妹は有耶無耶にしてくれない。悪魔だ。


「妹様は熟年夫婦じゃないからアレじゃわかんないなー」

「十数年兄妹やってるじゃん」

「じゃあ、今私が考えてることもわかるよね、兄さん?」

 ニッコリ微笑む見事な返しに、口を閉ざす。

 くそぉ、弁だけは立ちやがる。


 眉間に皺を寄せる。考える。

 妹が考えていること? なんだ?

 兄さん大好き? ……そんなこと言われた日には、怖気で眠れなくなるな。論外。

 うーんと。えーと。あーと。


「……早く吐け?」

 薄暗い中、妹は輝くような笑顔を浮かべる。

「ハッキリ言って貰わないとねー?」

 これ。正解しても不正解でも、結局言わされる流れだったんじゃ……?


 どうあれ妹の手の平の上。

 ニヤニヤ楽しそうに口の端を吊り上げる妹に、ギリッと奥歯を強く噛みしめる。

 言わなくてもわかっているくせに。性悪妹め。


 なんかムカついたので、デコピンをしたくなる。

 けれども、少しでも腕を動かすと、鎖錠さんまで反応してしまいそうなので、膝を軽くぶつけるだけに留めた。

 すると、「やんっ……兄さんのえっち」なんて、あたかも僕が妹にイタズラ(意味深)したみたいな、わざとらしい甲高い声を上げるものだから肝が冷える。おいバカ止めろ。


 その声に、鎖錠さん側にある腕が締め付けられるような悲鳴を上げる。

「リヒト……?」

 冷たく、問い詰める声。つりそうな喉をどうにか動かし、「なんでもない」と言い、妹を睨みつける。なんて冗談口にするんだ。


 けれど、妹はどこ吹く風で、声を出さずにおかしそうに笑っているだけだ。

 完全におもちゃにされている。くそぉ。


 胸中で負け惜しみを並び連ねる。

 バカ、アホ、妹ー、シスター。

 そうすると、多少溜飲も下がるもので、気分も落ち着いてくる。

 諦めただけかもしれない。

 なので、この際一緒に寝るのは仕方ないにしても、気になることは解消しておこうと思った。


「そもそもお前、鎖錠さんと一緒に寝れないって言ってたじゃんか」

 それなのにも関わらず、僕をあいだに置くだけで、結局鎖錠さんと一緒に寝ているのはどういう了見なのか。


 答えを待つ。じっと妹を見ていると、

「ん」

 喉を小さく鳴らし、銀の瞳を閉じる。


 なにか考えているのか。まさか、寝たわけじゃあるまい。

 いや、自由奔放を地で行く妹ならそれもありえるかと危ぶみ、暫く注視していると、ゆっくりと瞼を開いた妹が「うん」と呟いた。

 小さく身動ぐ。シーツの擦れる音が、鼓膜を撫でた。


「……多分、平気。

 兄さんがいるから問題なし」

「僕が居た方が問題な気がするんだが?」

 女女より、女男女の方が現実的にも字面的にもヤバい印象を受ける。

 文字だけ見ると百合に挟まる男みたいにも見えるのが酷さを増している気がしてならない。


 けど、妹にとっては問題ではないようで。

 含むモノがありますと、あからさまに「むふふ」と笑ってバカなことを言う。

「兄さんを挟むことによって、おっぱいおっきい美人さんと合法的に寝る権利を手に入れる。

 妹様策士~♪」

「なにが策士だよ……」

 溺れてない、それ。

 普通に寝ればいいだろうに。女の子同士なのになにを躊躇っているんだか。


 まさか。

 ハッとして口を手で押さえる。

「僕に気を遣って?」

「lol」

 爆笑してんじゃねーぞこんちきしょー。


 言ってて恥ずかしくなってしまう。

 当然、冗談だったのだけれど、言うんじゃなかったと後悔した。

 頬に熱を感じて、逃げるように天井を向くと、一頻り笑った妹が「それに」と肩の力を抜くようにふっと息を零して言う。


「背中、押してあげたくなったから」

「……?」

 誰の?


 意味がわからなくキョトンとしていると、左肩に重みを感じた。

 鎖錠さんが額を乗せるように、押し付けてきた。

 突然の行動に目を白黒させる。なんだか今日は驚いてばかりだ。


「鎖錠さん?」

「……」

 呼びかけるが、反応は返ってこない。

 ぐりぐりと額を押し付けてくるだけで、口を開こうとはしなかった。


 なんなんだろうね、ほんと。

 天井を見る。当たり前だが、答えは書いていなかった。



 ■■


「……寝れない」

 頭上の時計は2時を過ぎたことを示しているが、僕の目はバッチリ目覚めている。

 意識は明瞭で、普段は昼間にさえ付きまとってくる睡魔は、今日だけはどこかに旅立っているらしかった。今こそ必要なのに。薄情な奴だ。


「すやー、すやー」

 右隣では、本当に寝ているのか疑いたくなるような寝息を立てながら、妹が気持ちよさそうに眠っていた。

 口の端からよだれまで垂らして、幼い顔つきが更に幼く見える。

 思ったよりも睡魔の旅行先は近かったようだ。仲良くしているようでなによりだよこんちきしょー。


 憎らしかったので鼻を摘んでやると、寝息すら止まって呼吸音が聞こえなくなったので慌てて離す。

 ちゃんと息してるよね……?

 ドキドキしながら見ていると、再び「すやー、すやー」と寝息なのか口にしているのかわからない呼吸をし始めたので、ほっと胸を撫で下ろす。

 寝ている時までおちょくられているようで、なんだか悲しくなってくる。兄は妹に勝てないのだろうか。


 で。

 実は気になっていたことがある。

 ごそごそと向きを変える。鎖錠さん側に顔を向ける。


「すぅ……すぅ……」

「……」

「す、ぅ……ぅすぅ……」

「…………」

「…………すぅ」

 起きてるよね?


 不自然な寝息。

 目をギュッと力強く瞑り、暗がりに慣れた目には、しっかりと赤くなっている耳まで確認できる。

 確実に起きていた。


 寝られなくなるぐらいなら、妹の戯言なんて断ればよかったのに。

 人が良いのかなんなのか。

 呆れるように息を吐き出した後、妹を起こさないよう慎重に仰向けに転がり直す。


 ぼーっと天井を見上げる。

 あぁ、でも、と。

 丁度良かったのかもしれない。


 起きている時に訊く意気地はなく。

 寝ているならば僕の言葉は届かない。

 起きているけど起きていない。

 だからこそ、訊ける本音もあるというものだ。


 独り言のように、天井に向けてぽつりと吐露する。

「どうして会いに来てくれなくなったのかなー……」

「……ッ」

 鎖錠さんの身体が一瞬震える。身体が固まるのを感じた。


 ぎこちない寝息は消え、静寂が室内を満たした。

 1分、10分と時間ばかりが過ぎていく。


 ……答えてはくれない、か。

 なにを期待していたのか。

 そうだよなーと、納得はしつつも、小さな落胆を抱いていることに内心ため息を零す。


 1人、勝手に気まずさを覚えつつ、鎖錠さんに背を向けるように寝返りを打つ。

 どうにか寝ようと瞼を閉じると、不意に息を吐き出す音がした。

 息を飲む。耳をそばだてると、暗闇に溶けてしまいそうなほど、小さくか細い声が鼓膜を震わせる。


「……会いたくても、会えなかっただけ」


 その言葉の意味するところはわからず。

 明確な理由の説明とはならなかったけれど。


 ――嫌われてはいないんだな。


 そのことを知れただけで、胸のつかえが取れたように心穏やかになる。

 あぁ……なんだか今なら眠れそうだ。

 ようやく帰ってきた睡魔に身を委ね、ふっと視界が暗くなる。

 良い夢が見れそうだった。



 翌朝。

「兄さんおっきろー!」

 と、ベッドから蹴り落とされるまでは、良い夢を見れていた。そのはずだ。

 最低の目覚めである。

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