第2話 先生と浮気はしていない
なんだろう。遂に水の入ったバケツを持って廊下に立たされるのだろうか?
今昼休みだから、せめて午後の授業が始まってからにしてほしいのだけど。
あぁ、だるい。
椅子から重い身体を引き剥がし、どうにか立ち上がる。
のそのそと歩き出す僕に、クラスメートの女子が口に手を当ててなにかに気付いたようにハッと目を見開く。
「まさか先生との浮気がバレて……!」
「違うから」
「ちょっ……!?
止めなさいそういうの!
このご時世、冗談でも洒落にならないんだから!
ようやく始まった教師人生、まだまだ辞めたくないんだから!」
聞こえていたのか、素っ頓狂な声を上げる先生。
「これそういうのじゃないから!
違うのよ!
絶対に勘違いしないで!?」
周囲の生徒にまで否定する担任の先生。その背を押して教室を離れる。
わかってるわかってる。
だからこれ以上はやめてください。逆に怪しいから。僕まで火傷しそうだ。
「ぜぇ……ぜぇ……ごほん。
失礼したわ」
荒い呼吸を整えた先生は、咳払いをして取り繕う。
興奮して赤くなった顔はどうしようもないが、少しは落ち着いたらしい。
「あんな冗談真に受けないでくださいよ」
「……いい? 教えてあげる。
女子の冗談は、時に真実になるのよ。嘘と分かっていてもね……」
なにやら遠い目をする。
辛く、郷愁に駆られた瞳で何を見ているのか。
とりあえず、女子って怖いな、というのだけは察せられた。
「ま、まぁ。それはいいわ」
本題ね? と先生は改めて軌道修正する。
「鎖錠さんについてなんだけど、なにか知らないかしら?」
またか。しかも先生にまでも。
辟易する。別に僕は鎖錠さん担当になった覚えはないんだが。
「……僕に訊かれても困るんですけど」
「だって、一番仲良いわよね?」
そうだけど。
だからといって、なんでも知っているわけじゃないし、むしろ知らないことの方が多い。
そんなんだから、鎖錠さんが会いに来ない理由もわからなくって……はぁ。
「な、なにか暗いわね?
なんかごめんね? 飴食べる?」
「いります」
素直に言うと、ポケットからビニールに包まれた飴を手渡される。
飴玉の個別包装には『リラックスのど飴』と書かれていた。なに味だ、これ?
手の平に乗せて首を傾げていると、急に先生が「はは……」と乾いた笑いを零す。
「……学年主任がさ、訊いてくるのよ。
『なにをしていたんですか?』って。
鎖錠さんが登校して来た時には『よくやってくれました』って褒めてくれたのに。『皆さんも彼女を見習うように』って、言ってたのに。
来なくなった途端これってさぁ……うふふ。
いやぁね? 私なにもやってないんだけど……あはは」
「なんか、……ごめんなさい」
反射的に謝ってしまう。
鎖錠さんを登校させた身としては、居た堪れないモノがあった。
いや、悪いとは思ってないんだけど、身につまされるというかなんというか。
うふふ、と暗い笑みを浮かべた先生は、「じゃあ、はい」と1枚のプリントを手渡してくる。
なにこれ。
差し出されるがまま受け取って、タイトルを読み上げる。
「三者面談のご案内……?」
見覚えがある。というか、朝貰った。
「2枚目なんて入りませんけど?」
若いのにボケが……と、可哀想なモノを見る目を向けると、「違う違うっ」と焦ったようにブンブン手を左右に振る。
「鎖錠さんに渡しといて。
ついでに鎖錠さんの様子を報告してくれると助かるわ」
…………。
当たり前のように言われて言葉が出てこない。
渡したからと、そのまま平然と帰ろうとする神経がわかんない。
「いや待ってくださいよ。
どうして僕が?」
「……え?」
なにそのわからないのって反応。
わかるわけないでしょうが。心が読める学園1のアイドルじゃあるまいし。
「同じマンションみたいだし、仲良いから」
「小学生じゃないんですから……」
呆れる。
言っといてなんだが、今時小学生だって仲良いからっていう理由で、友達経由で休んだ子にプリントなんて渡さないと思う。学校の校風が古いのか、先生の常識が古びているのか。
バケツ持たせて廊下に立たせるなんて発想する辺り、後者なのだろうけど。
「昭和生まれとか言いませんよね?」
「ピッチピチの新任教師ですが!?」
言葉選びが昭和なんだよなぁ。
プンプンスコスコ怒りながら「任せましたからね!?」と声を荒げて去っていく。
肩を上下させる先生の背を見送り、横髪を梳くように側頭部を撫でる。
「了承はしてないんだけどなぁ……」
ぺらんっ、とたるむプリントを見下ろす。
面倒だ。抵抗がある。気まずい。
ただまぁ。丁度いいのかもしれないとも思う。
なんとかしたい。そう願う僕の背を押すように。
はからずもきっかけができてしまった。
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