第3話 思春期高校生は恋バナが好きすぎる
少し焦げた卵焼きを口に放り込み、もっちゃもっちゃ食べる。
もはや、現状の意味のわからなさに口を動かすしかないのだ。
「ねぇねぇ、
どういう関係? もしかして、恋人だったりする?」
興味津々と、クラスの野次馬さんが話しかけてくる。それは、彼女だけでなく、僕の周囲には男女問わず野次馬で取り囲まれていた。
美味しそうな
対して僕は、食べてますよー? 口を動かしてて喋れないんですよー? というアピールで、やっぱりもっちゃもっちゃと咀嚼し続ける。もはや感情は
けれども、勝手にヒートアップしていくのか、瞳をキラキラさせた、恋に恋する思春期少女たちの好奇心は抑えきれないようで。
恋バナだ恋バナだと、男子を押し退け、詰め寄ってくる。
「お弁当作ってくるってことは、やっぱり恋人だよね?」
「いつ知り合ったの?」
「鎖錠さん、学校来てないもんね」
「じゃあ、外? プライベートだ」
「ゲームセンターとか?」
「偶然会って、不良に絡まれてる鎖錠さんを助けたのがキッカケ?」
「えー。逆じゃない?」
「確かに。鎖錠さん不良なんてものともしなさそうだし。
じゃあ、不良に絡まれて怯える日向君を鎖錠さんが助けたんだ」
「それで、助けた日向君を見て、鎖錠さんが一目惚れ、とか?」
『キャ~~~~!?』
キャーじゃねぇよ。
なんだそのカスリもしない妄想。しかも、僕が助けられる側って。
……いやまぁ、どっちがありえそうかと言えば、その通りなんだろうけど。解せん。
噂に尾ヒレが付くとは言うが、まさか目の前で尾ヒレ背ビレが付いていく様を目撃するとは思わなんだ。放っておくと魚が龍にまでなりそうな勢い。
だからといって、違うと口を挟めば、『じゃあ、どういうことだ』と迫られるのは目に見えている。結局、口を閉ざすしかないわけだ。
「どこまで進んでるの?」
付き合ってるの確定したな。
「手は繋いだ?」
「キスもした?」
「それとも……もっと先?」
「あのおっぱい凄いよね」
「うん、凄い」
「私も揉んでみたいもん」
「じゃあ、やっぱり……」
「揉んだ?」「揉んだね」「揉んでないわけがない」
「いや……挟んだのでは?」
「はさっ……!?」「うそ」「できるの?」「いやでもあれなら……」「埋もれるのでは?」
揉んでも挟んでもねーよ。人がご飯食べてる時になんて話してんだ。後ろの男子たちが鼻を伸ばして聞き耳立ててるぞ。
井戸端会議宜しく、額を寄せ合う女子たち。
うん、と揃って頷くと、代表して最初に話しかけてきた野次馬さんがゴクリと喉を鳴らして、真剣な様子で訪ねてきた。
「○ックスした?」
「いい加減怒るが?」
乙女ならもっと慎み持て慎みを。
男女で差別するつもりはないが、あまりにも下品すぎる。男子と猥談する女子がどこにいるんだよ。生理の話をされるぐらい居た堪れないは。
「あーもううっさい散れ散れ野次馬共」
「えー」「けちー」「不能野郎ー」「短小ー」
ほんと最低だなうちの女子共は。
しっしと追っ払うと、ぶつくさ文句を言いながらも離れていく。
諦めた、というより、そろそろお昼を食べないと昼休みが終わるからだと思う。
なぜなら、さっきまで僕の周囲に集まっていた女子たちが机をくっつけ、弁当やらお菓子やらを出しながらも、こっちを見てコソコソ噂話に花を咲かせているからだ。この思春期さん共め。
まったく。
少々荒い手つきで焼きタコを食べる。……なんでタコさんウインナーでなく、マジモンのタコなのよ? 好物か?
不思議に思いつつも、まぁ、美味いのでよし。そもそも、貰っただけなのに文句なんて言わないし言えない。
だいたいどんな関係か訊かれたところでなぁ……。
正直、お隣さんとしか答えようがない。二重の意味で。
一昨日、少しばかり屋根を貸した。それは日常からズレた特殊で、印象深い出来事だったけれど、それだけだ。それしかしていない。
借りを作りたくない。鎖錠さんの言葉通り、それ以上でも以下でもないのだ。
それに、一回雨宿りをさせた程度の借りなど、このお弁当で十分すぎる。むしろ、貰いすぎなぐらいだ。
だから、俺と彼女の関係は変わらない。
ただのお隣さん同士。すれ違って、挨拶すれば無視される程度の関係性だ。ちょっと切ない。
まぁ、事実をいくら列挙したところで、彼女たちは納得しないんだろうけど。
ただのお隣さんが弁当を作ってくるのか。そんなはずない。ならばそれは恋なのだと繋げるに決まっている。それこそ、付き合っていないと言えば、『じゃあ告白しなよ! 私たちが応援してあげる!』とか言い出しかねない。顔に張り付けたお節介の裏で、好奇心という名の火に薪を焚べながら。
女子のネタにされるなんてたまったもんじゃない。
だから、ここは黙って自然鎮火を待つのがベター。思春期女子の興味は移ろいやすいもの。他に話題があれば、花に群がる蜂のように、そっちに群がることだろう。
……目下、僕以上の話題が起こるのかと問われれば、口をつぐむしかないのだけれど。
「日向君。大人のおもちゃって使うの?」
黙れ。
■■
昼休みという名の晒し者タイムを地蔵でくぐり抜ける。そして、放課後になった瞬間、教室を飛び出して野次馬共から逃げ切った。
今日は色々と、疲れたなぁ……。
帰って寝てしまいたいが、いい加減ベッドカバーぐらいは変えたい。でなければ、またもや寝不足になってしまう。
マンションのエントランス。
オートロックの前で、肩にかけた学生鞄を漁り、鍵を探す。ゴソゴソ。
この前と同じ場所に入れたはず……と、手探りをしていたら、ガラス張りのドアが勝手に開いた。
どうやら、向こう側から誰かが来たらしい。
ナイスタイミング。鞄から手を引っこ抜き、便乗便乗と開いた扉を潜ろうと顔を上げる。そして、向かいから歩いてくる女性を見て、目を丸くする。
鎖錠さん……?
首を傾げて、ついつい注視してしまう。良く似ていると。それこそ、本人と見紛うほどに。
ただ、別人なのは直ぐにわかった。
素材の良さ満点の、無化粧な鎖錠さん。
そんな彼女とは正反対で、顔にはしっかりと化粧が施されている。濡れた赤いルージュがセクシーだ。鼻孔をツンッと刺激する香水も、眉をひそめてしまうぐらいにはバッチリ漂ってくる。
けれども、なにより違うのはその表情。
頬を吊り上げ、
他人と壁を作る鎖錠さんとは対照的に、意識的に男を惑わすような、そんな雰囲気が漂っている。
「こんにちは」
「……こんにちは」
すれ違い様、艶のある笑みを向けられる。
小さく会釈をしながら挨拶を返すと、カツカツとヒールを鳴らして去っていく。
足を止める。振り返り、離れていくその背中を見つめた。
多分、鎖錠さんのお母さん、だよな。
姉や妹ではない……と思う。
瓜二つの容姿。けれど、化粧、表情、雰囲気からなにまで全くの正反対。
なんとなく、鎖錠さんと相性が悪そうだなと思った。根拠はない。ただ漠然と感じた。
もしかしたら、あの日、雨に濡れながらも自分の家に帰りたくなかったのは、今の女性が原因なのかも?
これまた根拠はない。無い無い尽くしだな。
まぁ、僕には関係ないか。
そう考え、エントランスを抜けたのだが、
……いるし。
「……」
玄関前に、膝を抱えた少女が蹲っていた。
めっちゃデジャヴ。
違うのは、隣室の玄関ではなく、うちの玄関前だということ。
いやなんでさ。
通路半ばで立ち止まり、途方に暮れていると鎖錠さんが顔を上げる。
目が合う。すると、暗く虚ろだった瞳が僅かに緩んだ気がした。そう感じたことに、羞恥心を覚える。
僕が帰ってきて嬉しかったのか、なんて、勘違い男がすぎる。
「……おかえり」
「た、ただいま?」
条件反射で返すと、「なんで疑問形?」と冷笑される。
久方ぶりの帰宅の挨拶。その相手はどういうわけかお隣さんで。
なぜか玄関前だった。
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