最終話 遊園地 後編

「……も、もう無理。許して」


 絶叫マシンを梯子すること三つ目。とうとうイチフサが敗北宣言をした。


「もっと早くそう言えば良かったのに。私も鬼じゃないんだし、怖いから嫌だって言えばすぐにやめたわよ」

「十分鬼だよ」


 ボロボロになったイチフサとは対照的に、私はすこぶる上機嫌だ。絶叫マシンが楽しかったってのもあるけど、なによりイチフサのこんな姿が拝めたのが大きかった。

 とはいえ、こうなったらさすがにもう絶叫系は無理かな。


「なら、今度こそアンタが選んでよ」


 そう言ってパンフレットを渡す。イチフサは力無い手でそれを受け取ったけど、なかなか決めようとしない。まだどういうものがあるのかよくわからないのかな?

 そう思って助言しようとしたその時、ようやくイチフサの手が動いて、ひとつのアトラクションを指さした。


「じゃあこれ。これに乗りたい」

「どれどれ……って、これ!?」


 指さされたアトラクションを見て、今度は私の表情が固まった。


 円形の屋根の下、私の目の前には、白馬の後頭部が見える。顔を向けると、隣や後ろにも同じような木でできた馬のオブジェが並んでいて、屋根の下をクルクルと回っている。遊園地の定番、メリーゴーランドだ。


 ただこういうのに乗るのは、普通はもっと小さい子だと思う。事実、私とイチフサを除いては、小学生しか乗っていなかった。

 他の人にはイチフサの姿は見えないから、周りからは、一人でメリーゴーランドに乗る高校生の図のできあがりだ。これは、かなり恥ずかしい。


「旅の恥はかき捨てなんだろ?」


 イチフサにそう言われて乗ったけど、これは覚悟していなかった種類の恥ずかしさだ。

 だから一度は断ろうとしたけど、ダメかなと言って頼むイチフサを見てると、結局乗るしかなかった。


 木馬の動きが止まり、ようやく羞恥にまみれた時間が終わる。イチフサは、いったい何を思ってこんなものを選んだのだろう。


「お疲れさま」


 あれこれ思いながら外に出ると、先に出ていたイチフサがそう言った。

 誰のせいでこんなの疲れてると思ってるのよ。そりゃアンタは人から見られないから平気かもしれないけど、私は絶叫マシンの百倍疲れたわ。


 そう思っていると、なんだかイチフサがクスクスと笑っていることに気づく。それを見て、どうしてこいつがメリーゴーランドを選んだのか理解した。


「アンタ、私が恥ずかしがるのを見て楽しんでたでしょ」

「さあ、なんのこと?」


 とぼけているけど、ニヤニヤした顔が何よりの証拠だった。


「このバカ、何考えてるのよ!」

「結衣だって、何度も俺を絶叫マシンに乗せて楽しんでたじゃないか」

「うるさーい。アンタがなかなか怖いって言わなかったからよ!」


 アホなことを言いながら、ギャアギャア騒ぐ私たち。それからは、お互い精神が削られないアトラクションに乗りながら、だんだんと時間が過ぎていく。

 そうしていくうちに、帰らなければならない時間が近づいてきていた。


 けどあと一つ。どうしても乗りたいものが残ってた。


「ねえ。最後にあれに乗らない?」


 そう言って私が指さしたのは、観覧車。我が県どころか全国でも有数の大きさを誇る、この遊園地の目玉アトラクションの一つだ。


「よし。あれなら怖くなさそうだ」


 絶叫系でないなら、イチフサもホイホイついてくる。

 例によって二人分のチケットを買って、ゴンドラに乗り込み、ゆっくりと離れていく地面を見下ろす。


 この観覧車は一周するのに十五分かかるから、その間、ゆっくり景色を楽しもう。

 それと、イチフサに今日の感想を聞いてみる。


「どうだった、人生初の遊園地は?」

「ちょっと怖いやつもあったけど、楽しかったよ」


 最初は絶叫マシンで真っ青になってたイチフサも、今は笑顔になっている。

 するとそこで、ふとこんなことを聞いてきた。


「そういえば結衣。今日はなんでまた、こんなにまでして俺を遊園地に連れてきてくれたの? そりゃ、行ってみたいなって言ったのは俺だけどさ、本当に行くことになるとは思わなかったよ」


 そう。イチフサがマンガを読んで、遊園地に興味を持ったのは事実。だけど、実際に行くのは無理だろうな、なんて言っていた。


 それを、行こうと強く促して、計画を立てたのは私だ。


「別に、私も行きたいって思ったからよ。けど、一人ぼっちで遊園地ってのも行きにくいじゃない」

「いや、俺の姿は結衣以外には見えないから、一人と変わらないじゃないか。って言うか、チケット二枚買うって奇行までするから、余計恥ずかしだろ」


 確かに。旅の恥はかき捨てなんて言ったけど、実際はけっこう恥ずかしかった。

 けどそれでも、イチフサと一緒に来てみたかったんだ。


「だ、だって、あのマンガの遊園地に行く話って、ヒロインとヒーローのデート回だったじゃない。私も、一度くらいはそういうのしてみたかったんだから。その、彼女なんだしさ……」

「あっ……」


 少し前に付き合いをはじめて、彼氏彼女になった私たち。だけどやることといったら今までとほとんど変わらず、相変わらず山の中で会っては、バカ話をするばかり。


 私だって、思春期真っ盛りの女子高生。それなりに、彼氏彼女っぽいデートには興味がある。ちょっとくらい恥ずかしい思いをしたって、イチフサと一緒にこういう場所に来てみたかった。


「それって、俺と遊園地デートしたくてここまで来たってこと?」

「言わせないでよ。って言うか、言わなくても気づけ、このバカ!」


 改めてデートなんて言われると、なんか恥ずかしいけどね。

 って言うかイチフサ。ここまで来て気づかなかったってどうなのよ。普段は恥ずかしいこと平気で言ってグイグイ来るってのに、私の彼氏はとことん抜けている。


「まあいいわ。それよりせっかくだから、遊園地に来た記念に、写真撮らない?」


 そう言ってイチフサの隣に座り、持ってたケータイのカメラを起動させる。

 イチフサも、カメラを向けられると、すぐに笑顔を見せた。


「どうせならカッコよくとってよ」

「えぇ〜っ。難しい注文しないでよ」


 そんなことを言いながら、お互い顔を寄せあったところでシャッターを切る。観覧車から見える絶景を背にした、ツーショット写真のできあがりだ。


 と言っても、妖怪であるイチフサは、写真に撮っても普通の人間には見ることができない。この写真も傍から見たら、一人で観覧車に乗って自撮りしてるっていう、色んな意味で寂しいものに思われることだろう。


 けどいいんだ。他の人からどう見えようと、これは私とイチフサの、初の本格デートの記念写真。

 私の目には、画面の中で並んで笑う私たちの姿がハッキリ見えるんだから。


 これからも私は、この妖怪の彼氏と、たくさんの思い出を作っていくんだろうな。


 完

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