第4話 文化祭 前編
学校とは、本来勉強を教わる場所。だけど年に数回、その例外となる日がある。今日、私の通う高校で行われている文化祭もその一つだ。
一応これも教育の一貫ってことになってるけど、多分生徒のほとんどは、遊びやお祭りみたいな感覚だと思う。
周りを見ると、ウェイター服をや着ぐるみを着た生徒がお客さんを呼び込んでいて、みんなどこか浮かれて見えた。
時刻はお昼を大きく過ぎた頃。私はそんな人達の間を通って、校舎の隅にある倉庫の裏へと向かう。校内のほとんどは人でごった返しているけど、こんな何もないところにわざわざ来るもの好きなんていやしいない。
だけどその分、待ち合わせには適していた。
「いた。イチフサ」
「結衣!」
文化祭にやって来るのは、何も人間だけじゃない。私から文化祭の話を聞いたイチフサは、その瞬間、絶対行くと即答していた。
「すごい人の数だね。それに、楽しそう」
「お祭りだからね」
行き交う人や校舎を、興味深げに眺めるイチフサ。そしてそれから、改めて私を見る。
「そういえば、売り子の時に着てたエプロンはどうしたの?」
「あれね。脱いできた」
私のクラスは、校庭の一画に立てられたテントの下で、お菓子屋をやっている。クッキーやビスケットといった焼き菓子を事前に作っておいて、今日はその販売だ。
私は少し前まで、売り子として呼び込みをやっていて、イチフサの言っているエプロンとは、その時に着ていたやつのことだろう。
「えーっ、じっくり見たかったのに」
残念そうに言うイチフサ。実を言うと、着て来ようと思えばエプロン姿のまま来ることはできた。数は足りてるし、クラスのロゴが入ってるから宣伝にもなる。
だけど私はそうしなかった。その理由は、なんと言うか、恥ずかしいからだ。
「だって……あんなにフリルだのリボンだので飾られてるのよ。制作組が悪ノリして、とにかく可愛くしようってことになったみたいだけど、似合う人と似合わない人がいるんだからね」
実際、あの可愛くファンシーなデザインは、一部の子やお客さんには評判が良かった。私だって、他の子が来ているのを見たら、素直に可愛いと思った。
だけど、自分で着るとなると話は別だ。売り子をしている時ならまだしも、その格好で校内を歩くなんて恥ずかしい。しかもイチフサにそれを見せるなんて…………ん? ちょっと待って。
「あんた、なんで私がさっきまで着てたエプロンのこと知ってるのよ?」
「そりゃ、もちろん見たからだよ。だいぶ遠目だったけどね」
「なっ!?」
カッと頬が熱くなる。見たのか、アレを。
「私のクラスの模擬店には来るなって言ったでしょーが」
「お客として行ってはいないよ。遠くから見てただけ」
「そんなの屁理屈よ」
可愛さ全開のあの格好を見られたくないから、わざわざ来るなって言ったのに。それじゃ意味ないじゃない。
「だって、結衣が売り子やっている所を見たかったんだよ。それに似合わないなんて言ってるけど、ちゃんと可愛かったよ」
「なっ……」
可愛いと言われて、ますます顔が火照る。一方イチフサは、そんな私の反応を見て笑っていた。こいつ、絶対楽しんでるな。
「イチフサの可愛いは信用ならないわよ。初めて学校の制服を見せた時も、浴衣着た時も、いっつも言ってたじゃない」
「そりゃそうだよ。だって、全部可愛かったんだから」
イチフサがどこまで本気で言ってるのかはわからない。けど、そう何度も可愛いなんて言われたら、いい加減恥ずかしさも限界だ。
「もういい。来るなって言ったお詫びに手作りクッキー持ってきたんだけど、約束破るような奴にはあげない」
むくれながら、クッキーの入った袋を見せつけるように前に出す。その途端、イチフサの顔色が変わった。
「手作り? それって、俺のために作ってくれたの?」
「クラスの出し物のあまりだけどね。けどさっきも言った通り、約束破るやつにはあげないから」
「そんな……」
ガーンと音がしたみたいに、わかりやすくしょげるイチフサ。それから、観念したように頭を下げる。
「………………俺が悪かったです。勝手に覗いてすみませんでした。クッキーください」
「よろしい」
勝った。勝ち負けの問題なのかというツッコミは却下する。
それからイチフサは、私からもらったクッキーを、それはそれは大事そうに食べていた。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「それは良かった。そう言ってもらえると、工藤君も嬉しいでしょうね」
「工藤君?」
初めて出てきた名前に、イチフサが首をかしげた。
「うちのクラスの男子だけど、やたらと女子力が高いの。もちろんお菓子作りも得意。今回の出店では、その腕を買われてお菓子製作班のリーダーをやっていたわ」
「ちょっと待って!じゃあ俺が今食べたクッキーって……」
「工藤君の手作りよ」
ちなみに私は、お菓子作りには一切参加していない。なんだかイチフサが恨めしそうな顔でこっちを見てるけど、逆恨みをしてもらっちゃ困る。確かに手作りとは言ったけど、誰の手作りかなんて言って無いからね。
「結衣~っ!」
うっ、そんなに睨まないでよ。さすがに少し罪悪感が出ちゃうじゃない。
「ごめんって。お詫びに何でも好きなもの奢るからさ」
「………じゃあ、クレープ」
イチフサの機嫌が、ちょっと直った。
それから私達は、気を取り直して大いに文化祭を楽しんだ。焼きそばを食べ、たこ焼きを食べ、お好み焼きを食べ、フランクフルトを食べ、フライドポテトを食べる。もちろんイチフサの注文したクレープも忘れない。何だか食べてばかりのような気もするけど、午前中売り子で忙しかった分お腹が空いていたのだ。
「あれ、結衣?」
最後に買ったいきなり団子を食べていると、不意に私を呼ぶ声がした。見るとそこには、同じクラスの友達数人が集まっている。どうやら彼女達も、あちこち回っているようだ。
「ねえ、もしかして一人?」
その子は、私の隣にいるイチフサには目もくれないでいる。そして他の子も、誰一人としてそれに疑問を挟む者はいなかった。
妖怪であるイチフサは、彼女たちには見えないんだ。
私も、イチフサについては何も触れずに話しを続ける。
「まあね。食べたいものも多かったから、大勢で回るよりもいいかなって」
「そうなんだ。てっきり、私達には内緒で、彼氏と二人きりで回ってるんだと思ってた」
一人の言った言葉にギクリとする。彼氏かどうかはともかく、みんなに内緒で校外の奴と回ってるのは本当だからね。
「か、彼氏って、私にそんなのいないわよ」
「えぇーっ。でも結衣、学校の外に仲のいい男子がいるって、時々話してたじゃない」
「そ、そうだっけ?」
それは、間違いなくイチフサのことだ。たまーに、妖怪のこととかは伏せて、男子の友達がいるって話はしてたけど、彼氏なんて思われてたの?
「とにかく、私に彼氏なんていないから!」
これ以上この話題を突っ込まれるとまずい。適当な所で話を切り上げ彼女達と分かれ、再びイチフサと二人きりになる。
「やっぱり結衣以外の人間には、俺の姿は見えないか。もし見えたら、結衣が何と言って俺を紹介するのか聞きたかったな」
「実はこいつは妖怪です、なんて言えっての? 嫌よめんどくさい」
だいたい、あの場にイチフサ本人が登場したら、ますます彼氏じゃないかって質問攻めにあうに決まってる。そんな恥ずかしいのはごめんよ。
「それより、これからどこか行きたい場所ってある?」
食べ歩きタイムはとりあえず終わったけど、この後の予定は特に決めていない。とりあえずイチフサの意見を聞こうとパンフレットを見せるけど、イチフサじゃそれぞれどんな出し物かわからないものも多いだろううな。一つ一つ説明してやろうか。
そう思ったけど、意外にもイチフサは即答した。
「教室に行ってみたいな」
「教室?」
うちの文化祭では全ての出し物は外か体育館に設置されていて、防犯のため、お客さんは校舎内には立ち入ることはできなくなっている。
とはいえ私たち生徒は普通に入れるし、人には見えないイチフサが入っても、見つかる心配はないだろう。
けど出し物も何もないんだし、わざわざ行く意味なんてないと思うんだけどな。
それでもイチフサは、もう一度言ってくる。
「結衣の教室に行ってみたいんだ」
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