アンハッピーハロウィン?
※時系列はめちゃくちゃです。その辺はどうかユル〜い目で見てください。
週末の休み。またも私は、イチフサに会いに山に行く。
この習慣も、もう何年になるだろう。我ながら、よくあんな何もないところに通ってるものだ。行っても、イチフサと代わり映えのしない話をするだけだってのに。
ところが、この日はちょっとだけ違った。
「ハッピーハロウィ〜ン!」
社に着いたとたん、イチフサがそう言って出迎える。その手には、顔の形に彫られたカボチャを持っていた。いつも無駄に騒がしいやつだけど、今日は特にはしゃいでる感じがする。
一方私は、それを冷ややかな目で見ていた。
「なに、いきなり」
「なにってハロウィンだよ。もうすぐじゃないか」
なるほど。確かにイチフサの言う通り、ハロウィンは間近に迫っていた。
けど私にとっては、だから何って話だ。
「ハロウィンだからって、それが何だって言うのよ」
「せっかくだから、それを口実に楽しもうと思って。みんな結構やってるだろ」
そう言ってイチフサはスマホを見せる。そこには、SNSに投稿された、ハロウィンを楽しむ人たちの動画や画像が映し出されていた。
こいつ、最近スマホを持ったことで、今まで以上に人間の文化を吸収してるのよね。
けど所詮はにわか情報。大事なことをわかっていない。
「ハロウィンで騒ぐのは、主に都会の人たちだから。こんな田舎の山の中でハッピーハロウィンなんて言っても、スベるだけよ」
「えっ? 俺、スベってた?」
「盛大に」
「そんな。せっかくハロウィン用アイテムやコスプレグッズを通販したのに」
わかりやすく落ち込むイチフサ。って言うか、あんた何用意してるのよ。気合い入りすぎでしょ。
「そもそも、コスプレグッズって何よ。あんた妖怪なんだから、わざわざコスプレしなくてもオバケ側じゃない」
妖怪がオバケの仮装をするなんて、なかなかにシュールな光景だ。
そう思ったけど、イチフサはさらにとんでもないことを言い出した。
「いや、それは結衣の」
「…………はっ?」
「だから、結衣にコスプレさせようと思って用意したんだって」
そう言ってイチフサが取り出したのは、なんと魔女の衣装。
少し肩がでていて、フリルのついたスカートが可愛らしい。可愛らしいけどさ。
コレヲワタシニキサセル?
「冗談じゃないわよ! なに人の許可も取らずに勝手に買ってるのよーっ!」
イチフサの頬を掴んで、思いっきり左右に引っ張る。こんなもの着れるか! 恥ずかしすぎる!
「いひゃい、いひゃい。違うんだって。たまたまハロウィングッズを見ていたら見つけて、結衣に似合いそうだなって思って、気づいたら衝動買いしてただけなんだって。許可はこれから頼み込むつもりだったんだ」
「なに一つ弁解になってないじゃない! 許可なんてするか! さっき言ったみたいに、ハロウィンは都会の奴らの、それも陽キャなリア充のイベントなの。私を巻き込まないでよね!」
最後にもう一度イチフサの頬を引っ張り、ようやく離す。
まったく、冗談じゃない。こんな可愛いい感じの魔女コスプレなんて、私に似合うわけないじゃない。どんな羞恥プレイよ。
だけど、イチフサはまだ諦めていなかった。
「いや、この際ハロウィンはどうでもいいから、とにかく結衣がこれ着てるところ見たい」
「ハロウィンって根底が崩れたけど、それでいいの? どっちにしろ、私は着ないから」
「どうしても?」
「どうしても!」
声を大にして突っぱねると、さすがにイチフサも無理に頼むのはよくないと思ったのか、それ以上しつこく言ってくることはなかった。
ただ、ガックリと肩を落として、寂しそうにしていた。『ズーン 』とか、『しょぼ〜ん』とか、そんな効果音がよく似合いそうだ。
いや。だからって、かわいそうだから着てやろうとはならないわよ。そんな捨てられた子犬のような目で見たってダメなんだから。
なんだか少女マンガを音読させられた時と同じパターンな気がするけど、今度こそ本当の本当にやらないから!
〜それから〜
「いやー、まさか本当に着てくれるとは思わなかったよ」
「じゃあなんでこんなもの買ったのよ!」
イチフサはさっきまでしょんぼりしていたのが嘘みたいに、爛々と目を輝かせながら私を見ている。魔女のコスプレをしている私を。
嫌だ嫌だと言っていたのに、なんやかんやで結局着ることになったのよ。どうしてこうなったかは、もう忘れてしまいたい。
とにかく、いつもイチフサと会ってる社の中で着替えて、今に至るというわけだ。
「やっぱり俺の見立てに狂いはなかった。すっごく可愛いよ」
「うるさい! 可愛いのは服であって、私じゃないから!」
「そんなことないって。よく似合ってるよ」
もちろん、着ることにしたからって、恥ずかしさがなくなるわけじゃない。
イチフサはさっきから可愛いとか似合うとか言ってるけど、その度にますます恥ずかしくなってくる。
「もういいでしょ。私は着た。あんたは見た。これでおしまい!」
ほんの少し見たらそれで終わり。写真は一切撮らない。そういう約束になっている。
というわけで、コスプレタイムもこれにて終了だ。
「ちょっと待って。あと少しだけ。絶対忘れないように目に焼き付けるから」
「焼き付けなくていい! って言うか、今すぐ忘れなさい!」
惜しむイチフサを振り切り、さっさと着替えようとする。
だけどその時だ。予想もしていなかった最悪の事態が、我が身にふりかかろうとしていた。
「あっ、ちょっと待って。向こうから人が歩いてきてる」
「えぇっ!?」
イチフサに言われて振り向くと、彼の言う通り、遠くからこっちに向かって歩いてくる男の人がいた。
服装からして、どうやら私と同じ人間らしい。
この山には滅多に人なんてこないけど、たまーにハイキング気分で入ってくる人がいる。だけど、これはまずい。
「あの人に見られたら、山の中で一人でコスプレしてる痛いやつって思われるんじゃ……」
普通の人間にはイチフサの姿は見えないから、多分そういう風に思われるだろう。
違うから! 正確には二人いるし、コスプレだって頼まれてやってるだけだから。って、大して変わりないかも。
とにかくこのままじゃまずい。隠れないと。
そう思った次の瞬間、イチフサが私の体を抱え上げた。
「結衣、飛ぶよ」
そう言ったかと思うと、白い羽を羽ばたかせ、一気に空へと舞い上がる。
「ふぅ。これでなんとか危機は去った」
妖怪であるイチフサの姿は普通の人間には見えないけど、妖怪が持ったものや抱えたものも、同じく普通の人間には認識できなくなるって特性がある。
目の前で急に人が消えるタイプの神隠しなんかは、こんなふうに妖怪が連れていったってのが真相って場合も多いらしい。
確かにこれなら、もうさっきの人に見つかって痛いやつと思われる心配もない。けどね……
「誰のせいよ!」
元はと言えば、こうなったのはイチフサのせいだからね。
「ごめんごめん。けど、俺のために着てくれてありがとな」
「べ、別に、イチフサのために着たわけじゃ……」
いや。さすがにこれは、イチフサのため以外の何物でもないかも。
ところでこの魔女の衣装。私が再び着替えた後、イチフサに持って帰らせたんだけど、それからどうなったかは知らない。
もしかしたら来年のハロウィンまでとっておいて、また着てくれって頼んでくるんじゃないでしょうね。
だけど、たとえそうなったとしても、今度という今度こそ、絶対絶対ぜーったい着ないんだからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます