イチフサ、スマホを持つ

 以前、イチフサと二人で遊園地に行った時、代金は割り勘にして、二人で支払っていた。

 その時気になったのが、どうして妖怪のイチフサが人間のお金を持っているか。妖怪には妖怪の稼ぎ口があるなんて言ってたけど、謎だ。

 だけど、ある時イチフサに会いに山に行ってみると、あいつはさらに意外なものを持っていた。


「イチフサ、なんなのそれ?」

「わからない? これはね、スマホって言うんだよ」


 そう。イチフサが持っていたのは、スマホだった。何度も言うけど、イチフサは妖怪だ。スマホなんて文明の利器とは、なんともアンバランスに感じる。


「どうしてそんなの持ってるのよ。拾ったの? 落とした人、困ってるかもしれないじゃない」

「人聞きの悪い。ちゃんと俺のだよ。妖怪専用の裏ルートでなんやかんややって手に入れたんだ」


 裏ルートやなんやかんやって何? 妖怪の世界は相変わらず謎だらけだ。


「これで俺も今どきの若者だ。結衣よりも現代人に近くなったね」


 ドヤ顔で胸を張るイチフサ。私を引き合いに出すのがなんか腹立つけど、ある意味事実だったりもする。


 そりゃ私も、スマホくらい持ってる。持ってはいる。

 だけど、実は私はすっごい機械オンチなのよね。せっかくのスマホも、ほとんど通話でしか使ってないし、最近ようやくメッセージアプリの使い方を覚えた。


 しかもその覚えた理由ってのが、イチフサから教えてもらったから。

 イチフサは少し前から私のスマホに興味を持って、時々貸していた。そうして色々いじっている間に、私より詳しくなっている。


 ちなみに、人間の文字が読めないのにスマホが使えるのかって疑問に思ったけど、なんか自動翻訳する妖術を最近覚えたらしい。

 そんなのがあるならもっと早く覚えなさいよ! あの時、私に少女マンガを音読させる必要もなかったじゃない!


 それはさておき、スマホを手に入れたイチフサはご満悦だ。


「これでいつでも動画が見れるし、アプリゲームもできる。結衣、オススメのがあったら教えてあげようか」

「上から目線がムカつくわね。だいたい、私は使えないんじゃなくて使わないの。こんなの、連絡さえできればいいじゃない」


 強がる私の前で、イチフサは心霊系ユーチューバーの動画を見て爆笑してたり、マンガアプリで以前から気に入っていた少女マンガを見たり、ダウンロードしたゲームでガチャを引いたりしていた。

 べ、別に、私もやってみたいなんて思わないんだから。


 だけどそう思ったところで、イチフサはそこでそれらのアプリを閉じる。


「何より、これがあればいつでも結衣と連絡できるからね。直接会えない時でも、たくさん話ができるよ」


 そう言ったイチフサは、今までで一番嬉しそう。まさか、スマホを手に入れた目的ってそれなの?


「わ、私だって忙しいんだから、用もないのに頻繁に連絡してきても困るわよ」

「じゃあ、声が聞きたいってのは、用に入る?」

「えっ? えーっと……暇で暇で仕方ない時なら、話してやってもいいけど」


 そのとたん、やったと言わんばかりに笑顔になるイチフサ。この調子だと、間違いなくじゃんじゃん連絡してくるわね。


 仕方ないわね。とりあえず、今夜は暇な時間をつくっておこうかしら。






 〜その夜〜


「連絡こない!」


 私の予想に反して、待てど暮らせど、イチフサからの連絡はちーっとも来なかった。


 そして私はそのことに対して、大いにご機嫌ななめだ。


「そりゃ、今夜連絡するなんて約束はしてなかったし、頻繁に連絡してきたら困るとも言ったわよ。けどさ、あんな話をした後なら、絶対何か連絡してくるって思うじゃない。声が聞きたいのは用に入るかなんて言ってたけど、それで連絡してこないってことは、私の声が聞きたくないってこと? 連絡もしないで、今ごろ何やってるのよ」


 イライラした気持ちになりながら、イチフサが何をしてるか想像する。


 動画見てるの? マンガ読んでるの? ゲームでガチャ回して、当たりが出たって喜んでるの? 私への連絡とどっちが大事なのよ?

 ええい、ムカつく。イチフサなんて、回したガチャ全部爆死すればいいんだーっ!


 いっそ、こっちから連絡しようかなとも思ったけど、意地になってそれをこらえる。そんなことしたら、まるで私がすっごく連絡待ってたみたいになるじゃない。

 それはなんか、負けた気がする。


 こうして悶々とした思いを抱えながら、夜は更けていった。結局、イチフサからの連絡はこなかった。





 翌日、ムスッとしたままイチフサに会いに行く。

 昨日どうして連絡しなかったのか、じっくり説明してもらおうじゃない。そう考えながらいつも会ってる社に着くと、既にイチフサが待っていた。


「ちょっとイチフサ──」


 いきなり本題に入ろうと口を開く。だけどその時、なんだかイチフサがしょぼんとしていることに気づく。あと、なんだかどんよりとしたオーラが漂ってる気がする。


 どうしたの?

 その様子を見て、思わず言葉が途切れる。すると今度は、イチフサの方から言ってきた。


「ねえ、結衣。俺たち、まだ連絡先交換してなかったよね?」

「あっ……」


 この後しっかり交換しました。

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