第6話 遊園地 前編
遊園地の門をくぐると、そこは外の世界とはがらりと装いを変えていた。
そう、遊園地だ。なぜこんな所に来ているのかというと、イチフサが行ってみたいと言ったから。
この前、私の貸したマンガで遊園地で遊ぶシーンがあって、興味を持ったらしい。
ならばと、二人でやって来た遊園地。だけど、園内に入った私たちの第一声はこれだった。
「疲れた〜」
「遊園地って、遠いんだな」
私もイチフサも、来たばかりだってのにとにかく疲れていた。
なにしろ私達の住んでる町は、かつて陸の孤島とさえ呼ばれていた所だ。ここまで来るには一時間に一本しかない汽車に乗るところから始まり、途中の乗り換えを挟んで3時間もかかる。おかげで、時刻はもうお昼すぎ。みんな田舎が悪いんだ。
とはいえせっかく来たんだから、いつまでもへばっているわけにはいかない。帰りももちろん同じだけの時間がかかるんだから、遊べる時間も限られてくる。
「それじゃ、まずはどこに行こうか? イチフサは、行きたいアトラクションってある?」
「うーん。そう言われると迷うな。行ってみたいなとは思ってたけど、何に乗ってみたいかはあまり考えてなかった」
「なによそれ。アンタに特に希望が無いなら私が決めるけど、いい?」
「ああ。いいよそれで」
とはいえ、私も遊園地なんて小学生だったころに来たのが最後だ。どこに何があるのかも分からずパンフレットを見ると、ちょうど近くに興味を引くものがあった。
「うん、まずはこれかな。ついてきて」
行き先を決めると、イチフサを連れて歩きはじめる。向かう先は、遊園地の定番ジェットコースターだ。
「すみません。私の隣の席、空けてもらっていいですか?」
「は?」
ジェットコースターの受け付けに立っている係の人にそう言うと、思った通り怪訝な顔をされた。そんなお願いをした理由はもちろん、イチフサのためだ。
イチフサの姿は私以外には見えないから、彼の席を確保するにはこうするしかない。
「チケットは二人分払いますから、お願いします」
お金をしっかり払うんだから、問題はないはずだ。
「あの、これからどなたかお連れ様が来られるのですか?」
「いいえ、来ません」
私が何か言うたびに、係の人はどんどん困惑していく。それでも、何度も頼む私の様子に気圧されたのか、結局二つの席を確保することができた。
「ねえ、大丈夫なの?」
順番待ちの列に並んでいると、イチフサが心配そうに聞いてくる。
「何が?」
「だって、あんなこと言ったら変に思われるんじゃない?」
まあ、間違いなく変に思われるたでしょうね。今こうして喋っているのだって、イチフサを見ることの出来ない周りの人からすれば、相当変だ。普段ならもう少し人目を気にするところだけど、今日は特別だ。
「どうせ私のこと知ってる人なんて誰もいないから平気よ。旅の恥はかき捨てって言うじゃない」
私たちの住んでる町から遠く離れたこの場所なら、人目を気にする必要も無い。今日はとことん変人を貫いてやろうじゃないの。
「それより、私としては、アンタがお金を半分出すって方が驚いたわよ。人間のお金なんてどうやって用意したの?」
遊園地で遊ぶならお金が必要と、イチフサはどこからか持ってきてくれた。今日の代金は、二人で割り勘することになっている。
「妖怪には妖怪の稼ぎ口があるんだよ」
稼ぎ口って、わざわざ人間のお金を稼いでいったい何になるんだろう。
まあ、そのおかげで今回は助かったからいいんだけどね。
そうしているうちに、順番待ちの列は少しずつ進んでいき、いよいよ私達の番がやってくる。
コースターへと乗り込み、安全バーが下りたところで、イチフサがこんなこと言い出した。
「そういえば、これって何か意味があるの?」
「意味って?」
「高い所に行きたいなら、俺は飛べるし、結だって何度も抱えて飛んでるじゃないか」
確かに。イチフサと一緒に空を飛んだ時は、これよりもっと高い所にも行ったっけ。だけど、それとジェットコースターは別物だ。
「こういうのはスリルを楽しむものなの。乗っていればわかるわ」
「そんなもんかな?」
イチフサはまだ、ジェットコースターという未知の乗り物に対して疑問を持ってるみたいだったけど、気がついた時にはすでに動き始め、あっという間に一番高い所まで上がっていた。
「ふーん。けっこう高……い……ね……」
イチフサの声を聞きとれたのは、そこまでだった。
次の言葉を発する前に、私達を乗せたコースターは、一気に急降下する。それから耳に入ってくるのは、周囲の絶叫。目に映るのは、高速で流れていく景色だ。
「うわぁぁぁぁぁっ!!!」
聞こえてくる絶叫の中に、イチフサの声も混じっているような気がした。チラリと横を向いて確認すると、顔面蒼白で叫ぶイチフサの姿が見えた。
「ハァ……ハァ……やっぱり、なんであんなものに乗るのか分からない」
人生初のジェットコースターを体験したイチフサ。その感想がこれだ。
未だ表情は引きつっていて、顔色も悪い。
どうやら自分で空を飛び急降下するのと、絶叫マシンに乗るのとではずいぶんと違うみたいだ。
「ごめんごめん。アンタがそこまで怖がるなんて思わなかったのよ」
「べ、別に怖いだなんて言ってないだろ!」
ムキになって否定するイチフサ。
どうやら怖がっているのが恥ずかしいみたいだけど、私はそれを見て、悪い癖が顔を出す。こういうのを見ると、からかってやりたくなるのよね。
「イチフサがそんなに怖がるなら、もう絶叫系は止めようかな」
「だから、怖がってなんかいないって!」
なおも否定するイチフサ。こういうところが、見ていて面白い。
「えーっ、嘘だ」
「嘘じゃないって」
「じゃあさ、次はあれに乗ってくれる?」
そう言って私が指差したのは、さっきのとは別の絶叫マシン。ちなみに、私が乗りたいアトラクションのほとんどは絶叫系だ。
「えっ……?」
再び、イチフサの顔が引きつった。
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