あとがき
この手記を書き
船橋市は、
そこのマダムに見覚えがあり、たずねてみたら、まさに、十年前のあの京橋の小さいバアのマダムであった。マダムも、私をすぐに思い出してくれた様子で、
「あなたは、しかし、かわらない。」
「いいえ、もうお
「とんでもない、子供がもう三人もあるんだよ。きょうはそいつらのために買い出し。」
などと、これもまた久し
「何か、小説の材料になるかも知れませんわ。」
と言った。
私は、ひとから押しつけられた材料でものを書けないたちなので、すぐにその場でかえそうかと思ったが、(三葉の写真、その
その夜、友人とわずかなお酒を
その手記に書かれてあるのは、昔の話ではあったが、しかし、現代の人たちが読んでも、かなりの興味を持つに
子供たちへの
「きのうは、どうも。ところで、……」
とすぐに切り出し、
「このノートは、しばらく貸していただけませんか。」
「ええ、どうぞ。」
「このひとは、まだ生きているのですか?」
「さあ、それが、さっぱりわからないんです。十年ほど前に、京橋のお店あてに、そのノートと写真の小包が送られて来て、差し出し人は葉ちゃんにきまっているのですが、その小包には、葉ちゃんの住所も、名前さえも書いていなかったんです。空襲の時、ほかのものにまぎれて、これも不思議にたすかって、私はこないだはじめて、全部読んでみて、……」
「泣きましたか?」
「いいえ、泣くというより、……だめね、人間も、ああなっては、もう
「それから十年、とすると、もう
「あのひとのお父さんが悪いのですよ。」
何気なさそうに、そう言った。
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても
(本文中、引用の「ルバイヤット」の詩句は、故
人間失格 太宰治/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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