クロ・アロイツ
次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ
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「あ? ユランが意識不明?」
それはとある昼下がりのこと。
これから街へ遊びに繰り出そうとしていたクロの下に、そんな話が舞い込んだ。
「はい、三日前から未だに目を覚まさないとのことです。どうやら強力な呪具を使われてしまったようで……」
使用人の一人が悲しそうに告げる。
呪具とは呪いをベースに作られた道具だ。
他者を苦しめることに特化しており、代償さえ無視してしまえば強力なもの。
死んではいないらしい───でも目を覚まさないということは、つまりは呪具の効力によるものであることは間違いない。
「……っていうより、なんでユランがそんなことになってんだよ? 魔術師だろうが」
世界で八人しかいない魔術師。
世にある魔法をオリジナルまで昇華し、極めた者にのみ与えられる称号。
魔術師が一人いれば国を動かせると言われており、クロの双子の弟であるユランはその内の一人である。
そんな人間がそこいらの人間に不覚を取るわけもなし。
疑問に思っていると、その疑問もすぐに使用人が答えをくれた。
「小さな女の子を庇った時に……」
「背後から刺されたってか? 英雄様の背中は綺麗な鋼でできてないみたいだな。いい勉強になったじゃねぇか、誰かが教科書にでも載せてくれるだろよ」
「クロ様ッッッ!!!」
馬鹿にしたからか、使用人であるにもかかわらず怒声を上げる。
だが、それに対してもクロは飄々とした態度を見せた。
「おいおい、俺とあいつの仲がよくないってのは知ってるだろ?」
英雄と慕われ、呼ばれる魔術師───ユラン・アロイツ。
それに対して遊び人の兄───クロ・アロイツは冷たいものであった。
「人間の手は二つしかない。それなのに誰彼構わず助けようとするから足も頭も体も差し伸べる羽目になる。俺は前々から言ってただろ」
「…………」
「それを承知で手を差し伸べたら自業自得。誰が悪いわけでもなくあいつが悪い。周囲からは褒められるだろうが俺は褒めない。それだけの話だ」
間違っちゃいない。
間違っちゃいないが。
(……あまりにも冷たい)
それが分かっていても今度は口にできなかった。
一理ある言葉が使用人の垣根を越えられなかったのだ。
(守りたいものだけ守ればよかったんだよ……クソッタレが)
しかし───
「あら、随分と冷たいのね」
部屋の入口から一人の女性が顔を出した。
長い紅蓮色の髪を小さく揺らし、室内にいるクロを睨むことなく平然と視界に入れる。
「なんの用だ……シェリー?」
「幼馴染が久しぶりに来たんだから歓迎してくれてもいいじゃない。冷たいと寒がって女の子が逃げちゃうわよ?」
「その時はコートでも渡してやるからいいんだよ、俺は。っていうより、不法侵入をまず詫びろやこの貧ny───」
ゴォォォォォォォォ、と。
クロが反応する前に何かが横切った。
恐る恐るクロが振り返ると……そこにはぽっかりと穴の空いた壁が燃えていた。
「あらやだ、最近の建物は急に燃えるのね」
「おい待てお前がやっただろ、どう見ても!? 大工のせいにしたら泣くぞあいつら!?」
「泣かせたくなかったらその変なことを喋る口を閉じなさい」
「うっす」
冷たく背筋が凍りそうなほど笑っていない瞳と手に浮かせた炎を向ける美姫。
相変わらずだな、と。クロは忌々しそうに睨む。
シェリー・ミルザース。
八人しかいない魔術師の一人であり、クロとユランの幼馴染の女性である。
炎を自由自在に操ることが可能な、一国を落とすことができる存在だ。
「もう少し、あなたはちゃんとしなさいよ。二十歳を迎えそうな男が反抗期って世間からしてみればお茶の間の笑い者よ?」
「いいじゃねぇか、コメディアン。ちょっとしたユーモアがあった方が男の子は可愛げがあるってこの前どこぞの令嬢が言ってたし」
「その令嬢さんはまさかドラ息子を肯定したとは思っていなかったでしょうね」
「なんだいなんだい、今から遊びに行こうって思ってた時にテンションを下げやがって。なんでこんなに世界は俺に優しくないんだ」
「そりゃ、遊んでるからでしょ」
シェリーは一つ大きなため息を吐く。
弟のことはよく知っている。なのにどうしてこんな兄ができたのかと、疑問に思わずにはいられなかった。
「(やればできる子って知ってるのに……)」
「なんか言ったか?」
「な、なんでもないっ!」
首を傾げるクロに顔を真っ赤にして否定するシェリー。
その反応が更にクロの首を傾げさせた。
「んで、結局なんの用だよ? 使用人が慌てて出て行っちゃったこの現状なら恥ずかしい話からちょっとしたコメディまでなんでもできるだろ」
燃えている壁を放置して、クロは優雅に近くのソファーへと腰を下ろす。
「聞いたわ、ユランの話。残念だったわね」
「自業自得だろとしか俺は思わんがな」
「まだごく一部にしか広まっていないみたいよ」
「ふぅーん……まぁ、かの英雄様が倒れたって聞いたら各種方面大騒ぎだろうからな。大方、英雄を抱えている王様が情報統制でもしたんだろ」
「けど私は聞けて、慌てて駆けつけたわ」
「それはご苦労なこった。あとでお見舞いにでも行ってやれよ」
「あなた達って顔がよく似てるわよね」
「そりゃ、当たりま……待て、今の脈絡のない質問はなんだ?」
確かに、ユランとクロの顔はよく似ている。というより瓜二つだ。
それは双子だから故だろう。二人を知っている者なら誰しもそう思うはずだ。
しかし、いきなりなんでそんな質問を? クロは思わず首を傾げる。
「別に大した質問じゃないわ」
「そ、そうか……」
一歩、と。シェリーはゆっくりとクロに近づく。
意味深な笑みを浮かべながら、クロの顔を覗こうと。
それが恐ろしく感じてクロは反射的に空いた穴から逃げようとしたのだが、寸前でシェリーに肩を掴まれる。
そして───
「あなた、ユランの代わりをしなさい」
「さっきの質問、絶対に大したことあっただろう!?」
───これが始まり。
クロ・アロイツという遊び人が英雄の代わりになった始まりである。
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