王位継承権争い
「ユランくんっ! 来てくれてありがと!」
王城へとやって来て、部屋に通されて開始五秒。
クロの胸の内に少女の柔らかな感触が襲いかかった。
(ユランめ、こんな可愛い子ちゃんに毎度抱き着かれてるなんてけしからん……これは兄としてしっかりと教育しないとふへへ最高でりしゃす)
抱き着いているのは小柄でありながらも出るところはしっかりと出ている、艶やかな銀髪と愛苦しい端麗な顔が特徴的な少女。
名をアリス・アルデヒド。この国の第二王女であり、今回の人助けの依頼者である。
「ユランくんが来てくれなかったらどうなっちゃうことか……本当に、ありがとね」
ひっそりと、安堵混じりの涙を胸の中で拭うアリス。
状況を概要でしか知らないクロはとりあえず「ご馳走様です」とだけ内心で満足していた。
一方で───
「(成人男性一人を燃やすのに何秒かかるかしら?)」
「アリス、僕は君のお姉さんを助けに来たんだ。早く話を聞かせてくれないか?」
振り返りたくはないが、背中の温度が異様に高くなっている気がする。
鼻の下を伸ばしている変態ボーイは名残惜しさ以前に命の危機を優先してアリスを引き剥がした。
もちろん、ユランのモノマネは忘れずに。
何せ、本当に一部の人間にしか知らされていないのだ。
国王以外の王族───アリスにすら、ユランが倒れて目の前の男がドラ息子に変わっているとは知らない。
どこで情報が流れるから分からないのだから。
そうでなければ、ドラ息子に抱き着こうなどとは思わないだろう。
「う、うん……そうだよね。二人共、とりあえず座ってよ」
アリスが真ん中に置いてあるいかにも豪華そうな椅子へ二人を座るように促した。
クロとシェリーは遠慮なく腰を下ろす。
「っていうより、シェリーさんも一緒なんだね」
「しばらくユランと一緒にいることにしたのよ。だから今回も微力ながらお手伝いさせてもらうわ」
「うわっ! シェリーさんも一緒にいれば百人力だよ!」
アリスはそれを聞いて嬉しそうな笑顔を見せる。
「(百人力の馬車馬って便利だよな。世の主婦さんはごぞってスーパーに押し寄せそうな商品だ)」
「(今なら無償で提供されるから押し寄せる必要はないんじゃない? 私は期間限定だけど)」
「(本来なら俺も無償カテゴリに入らない貴重品なんだけどな。それどころか割引セールはおろかいい値を積まれても棚に並ばない伝説級だぞ。誰だよ、本人の意思無視して値段を下げたやつは?)」
「(誰かしらね?)」
「(俺の横にいなけりゃいいな)」
アイコンタクトで軽口を飛ばすクロ。
こんな高等技術が平然と行われる辺り、二人の仲のよさが垣間見れる。
「それで、僕が聞いた話だとお姉さんが……」
「うん、誘拐されちゃったの」
ユランという立場でクロは会話を始める。
中身がドラ息子とは気づかず、アリスは言葉を続けた。
「多分、ユランくんも知ってると思うけど、今は王位継承権争いの真っ最中なの」
「有力候補は第一王子と第二王子だったわよね?」
「うん、そうなんだよ。だからだと思う……ロイくん───第三王子がお姉ちゃんを誘拐したのは」
「確か第一王女は第一王子派閥。社交界の大半を牛耳り始めて味方も多く、彼女は影響力も多い」
有力ではないからこそ焦る。
本来、王位継承権争いは「誰を次期国王にするか」というアンケートみたいなものだ。
当然、民衆や味方の大きさに左右され、少しでも強行に走れば民衆の声も味方の反応も悪くなり、悪手となりやすい。
だからこそ、現在の王位継承権争いでは目立った黒い話は流れてこなかった。
戦争で功績を挙げたり、民が暮らしやすいような改革を始めたりと、全てがプラスに働くようなもの。
それでもそういう話が浮上してきてしまったのは焦りによるものだ。
露見し、公になれば王位継承権争いから真っ先に脱落する。
だが成功し、何も公にならなければ相手の戦力を削げる有益な手。
一発逆転、ハイリスクハイリターンの賭け。
影響力の大きい第一王女を誘拐したのは、そういう理由だろう。
「でも、誘拐したのかしら? 正直、殺してしまった方が早い気がするんだけど……」
シェリー首を傾げる。
しかし、横にいるクロは平然と答えた。
「そりゃ、殺すよりも生かした方がメリットが高いからだよ」
「どういうこと?」
「簡単に言ってしまえば、『王女を脅して味方に引き入れる』か『王女というカードを使って相手を脅すか』っていう選択を持てるからかな」
殺してしまえば口が広がることもなければ確実に戦力を削げる。
だが、これは国王になるための戦いだ。
今後のことを考えれば第一王子の戦力を削ったとしても他に第二王子がいる。
そうなればあとあとの王位継承権争いが苦しくなり、また同じような手を使わなければならない。
それなら、脅してでも影響力の高い第一王女を引き入れ、戦力を削った第一王子と第二王子と戦いやすくする。
または、状況に応じて第一王子に脅しを仕掛けて自分の派閥に益を加えるのでもいい。
「つまりは、第三王子は後出しの権利を得たってわけ。むざむざ殺してせっかくのカードを殺すより、状況判断でことを進めた方が確実に国王への道が進めるってことさ。向こうとしても、なんにでも合わせられるジョーカーならこのあとの上がりを考えて手元に持っときたいだろうし」
「なるほど、先に使うよりかはあとの相手の手札次第で変えられる方が得、ね」
納得したように、シェリーは首を縦に振る。
令嬢人生から早く足を離したせいか、こういう策謀の話は少し疎い。それよりも敵を倒す方面で極めすぎている。
故に、クロが説明してくれたおかげで状況がよく分かった。
だが───
「……………………」
対面に座るアリスだけは、何故か呆けたような様子を見せていた。
「どうかしたの、アリス?」
「えーっと……ユランくんって、こういう話についていけたっけ? いっつも政治の話をすると首を傾げてたし」
ドスッ、と。
アリスに見えない角度でクロの脇腹に肘が突き刺さった。
「(ちょっと、何をヘマしてんのよ)」
「(あ、あんちゃんのためを思って解説した俺に対してムチがすぎるのでは……!?)」
痛みを堪えるために平静を装うのも大変だ。
ただでさえ、いつボロが出そうになるか分からないというのに。
「ちょ、ちょっと最近勉強してね……」
「ほぇー、そうなんだ。まぁ、ユランくんも侯爵家人間だもんね。あんなクズなお兄さんがいるから、勉強しないといけないのも納得だよ」
誤魔化せたのはいいが、胸を撫で下ろすにはどうにも釈然としなかった。
「そ、それとも……もしかして、私の……ため? 将来を考えて、とか?」
すると、今度は頬を赤らめてチラチラとこちらを見始めるアリス。
可愛い、美少女、仕草百点満点。それは男心をこれでもかと揺さぶるには充分すぎる。
故に、クロの内なる本能が覚醒した……ッッッ!!!
「もちろん、君のためさどぐぅし!?」
今度は誰にでも分かる脇腹への一撃が炸裂する。
素晴らしいスマイルを浮かべて詰め寄ろうとしていたクロが壁まで吹っ飛んでいき、アリスは立ち上がって驚きを見せる。
「ユランくんっ!?」
だが、それよりも先にシェリーのアイコンタクトが飛んだ。
「(ブチコロスワヨ?)」
「(……味見も許してくれないんですね、すみませんでした)」
クズはどこまで側を装ってもクズなままで。
クズはとりあえずアイコンタクトで怒るシェリーに心の底から謝罪した。
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