回想~英雄とシェリー~

「あ、シェリー!」


 少し昔の話。

 仕事の関係で王城を訪れていたシェリーの下に、背後からそんな声がやって来た。

 振り返ると、無邪気でどこか優しそうな表情を浮かべる青年の姿が視界に入る。

 そして、その顔は自分の見慣れた顔であり―――


「ユランじゃない、久しぶりね」

「ははっ、そうだね」


 ユラン・アロイツ。

 かの英雄と呼ばれる男であり、シェリーと同じ八人しかいない魔術師の一人だ。


 魔術師同士はそれほど仲がいいわけではない。

 そもそも交流頻度が少なかったり、我が強かったりと。

 しかし、シェリーとユランは幼馴染。

 二人はの仲であった。

 加えて、同じ国で活動している者同士というのもあるだろう。


「珍しいね、シェリーが王城に来てるなんてさ。いつもどこか行ってたでしょ?」

「この前受けた仕事の報告に来てたのよ。私だって好きに出張してたわけじゃないけど」


 ユランがシェリーの下に近づくと、自然と横並びで足が進む。

 どこに行く用事があるわけでもなく、ただただ募る会話を消化しようと。


「こっちに来たならうちに顔出せばいいのに。兄さんならいつでもいるよ?」

「げ、げほっ!? な、なんでそこでクロの話が出てくるのよ!?」

「だって、昔から兄さんのことが好き―――」


 そう言いかけた時、突然ユランの目の前が赤く染まった。

 それがシェリーの燃える手のひらだと気づいた頃には自然とユランは手を上げていた。


「ごめんごめん、もう言いません」

「まったく……否定はしないけど、軽いお口はどうにかならなかったのかしら」


 はぁ、と。ため息を吐くシェリー。

 一方で、ユランはそれでもどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。


「それで、あなたはどうしてここにいるのよ? 普通、ユランこそこっちに戻って来たら自分の家に帰るものなんじゃないの?」

「さっきまで第二王女の護衛をしていたんだよ。といっても、行き当たりでそうなっちゃったんだけどね」

「……相変わらず、あなたの無償の人助けっぷりには驚かされるわ」


 どうせ報酬をもらったわけではなく助けを求められたから手を貸したのだろう。

 何か対価を要求するわけでもなく、困った者がいれば助けに行く。

 それが今回たまたま王女であっただけで、他の誰であっても同じことをしたはずだ。


 英雄と呼ばれる由来。

 ユラン・アロイツの底知れぬ異常さであった。


「……あまり私が言えたことじゃないけど、そういうのそろそろ控えたら?」

「ん?」

「いつか、あなたに何が起こるか分からないもの」


 自然と口から零れてしまった言葉は間違いなくシェリーの本音だ。

 幼馴染だからこそ、どういう人間かということを知っているからこそ出たもの。

 魔術師であれば心配をする必要がないように思えるが、どうしても心配してしまうのだ。

 しかし、その言葉を受けてもユランは首を横に振る。


「僕が憧れたのはね、兄さんみたいな英雄なんだ」


 カツン、と。

 王城の廊下にどちらかの足音が響き渡る。


「シェリーも知っているでしょ? 僕は魔術師になる前、崖から落ちたところを兄さんに助けられた。それこそ、自分が同じように死んでしまいそうになっても僕を身を挺してまで守ってくれた。まだあの時は兄さんも魔術師じゃなかったけどね」

「…………」

「その時さ、兄さんは「守りたいやつは死んでも守る」って。そう言った時の兄さんがかっこよくて……僕は兄さんみたいな英雄に憧れた」


 あの背中が眩しくて、輝いて見えて。

 自分の窮地だったからこそ余計にそう思ったのだろう。

 だが、未だにユランの頭にはその光景が頭から離れない。


「兄さんは『守りたい者』の線引きをしっかりしてる。だから一生懸命で、優しさを向けられた人は兄さんに惹かれていく……シェリーもそうでしょ? 昔、

「まぁ、そうね」

「けど、僕にはその線引きが上手くできないんだ。誰かの英雄になりたくても誰かにはなれない―――だから、僕は誰でも助ける」


 綺麗に言えば平等。

 悪く言えば誰にも固執しない。

 守りたいと思える人間がいないからこそ誰でもよくて。

 誰でもいいからこそ未だに誰かの英雄を追い求めてしまう。


「僕は兄さんが好きだよ。といっても、兄さんはこんな僕のことが嫌いなんだろうけど」

「そんなことは―――」

「ねぇ、シェリー」


 シェリーの言葉を遮って、ユランは口を開いた。


「僕に何かあったらさ、兄さんのことをよろしくね」


 縁起でもない、と。そう言いたかった。

 けど漠然とした予感がシェリーの中にもあった。

 いつの日か、クロが口にしていた言葉だ。


『誰彼構わず助けようとすれば両手だけじゃ足りなくなる。そうなった時、あいつは躊躇なく他を代償として捧げるだろうよ』


 だから、いつかはそうなる。

 漠然とした予感があったとしても、注意してもユランは前に進むだろう。

 正しく、誰からも慕われる英雄のように。

 故に、ここで投げかけられた言葉は―――


「……そうなったら、せっかくの機会だしクロを更生でもさせましょうか」

「ははっ、そうだね。でも、そんなことしたらライバル増えちゃわない? 兄さん、懐に入った人間はとことん大事にするから」

「あら、私が負けるとでも? なんだかんだ言って、私はあいつの幼馴染で……魔術師よ」

「確かに、そうだった」


 だからこそ、と。


「僕はシェリーがいるから気兼ねなく兄さんを目指せるんだ」



 その言葉を聞いた一週間後———ユランは目を覚まさなくなった。

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