王都到着
休む間遊ぶ間もなくシェリーに連れて来られた場所はなんと王都であった。
アロイツ侯爵領から片道三日。
歩け歩け大会などせず馬車での道のりだったのだが、途中泊まった場所はお世辞にも侯爵家よりかは劣っていた。
そのため、自由爽快贅沢三昧からはほど遠く───
「遊びに行くぞ! 俺は誰がなんと言おうともこの溢れる
クロの鬱憤がとんでもないことになっていた。
「こんな駄々をこねる姿は久しぶりに見たわね。子供ができたらこんな気持ちになるのかしら……そろそろ育児の勉強でもしておいた方がいいかも?」
王都、その道中。
馬車を降り、一直線伸びる往来を歩きながらシェリーは考える。
その思考は横にできたとても子供とは思えない発言と容姿をしている子供のおかげで生まれたものだろう。
「そうだよ育児の勉強した方がいいよ。だから回れ右して近くの図書館にでも行ってきな? 俺はせっかくの王都のかわい子ちゃんを『キャッチアンドオモチカエリ』するから───」
『あ、英雄様だ!』
「やぁ、こんにちは」
駄々をこねるクロの近くに小さな子供が手を振ってくる。
クロは先程の駄々のこね具合が嘘だったかのようなスマイルをすぐさま見せた。
「もう条件反射ね」
「それは俺のセリフで愚痴のカテゴリだからな!?」
───この一週間、クロは英雄と呼ばれるユランとして行動していた。
そのため、外に出れば英雄として立ち振る舞い、ドラ息子としての自分は常にひた隠し。
やっていられるかと匙を投げたかったが、常時お目付け役のシェリーがそれを許さず、しまいには誰かの目が向けられるとすぐにユランの真似が滲み出るようになってしまったのだ。
「もうやだ……こんな生活。これじゃあユランのまま娼館に行かなくちゃならないじゃないか」
「英雄様が娼館に行くわけないでしょ、馬鹿じゃないの?」
「でも俺は───」
「イッタラコロスワ」
「わぉ……」
今にでも人を殺さんとする瞳にクロは驚く。
絶対に美人がしてはいけない顔だと、率直に思った。
「でも、私だって鬼じゃないわ」
街の中を歩きながらシェリーは口にする。
「男の子がそういう生き物だって知ってるし、国王がクロに無理強いして辛い思いをさせてるし」
「さり気なく一人に押し付けたけど、無理強いさせてるのはお前もだからな?」
「だからってわけじゃないけど───」
そして、ほんの少しだけ頬を染めて……クロの肩に寄りかかった。
「私が……そ、その……してあげよっか?」
潤んだ瞳、高潮する頬、艶っぽい唇、美しすぎる端麗な顔立ち。
その全てと方に伝わる柔らかい感触がクロを襲った。
男として、これ以上のない相手でシチュエーション。
だから、クロは───
「あ、いやいいよ」
「………………」
「さい、きんの流行りは……で、こピンの……グー、パンチ……なの、か……!?」
デコにこれ以上ないぐらいの殴打を食らった。
「……ぶぶっ、ユランを好きな相手に手を出せるわけがないじゃん……ぶぶっ」
「あなた、まだそんなこと言ってたの?」
そうは言うが、クロは昨日シェリーが花を抱えてお見舞いに来ていたのを知っている。
加えて、多忙で各地を飛んでいたシェリーがこのタイミングで戻ってきたということはユラン関係。
どう見ても気があるようにしか思えなかった。
「私が好きなのはあな……」
「穴?」
「な、なんでもない……」
先程よりも真っ赤になった顔を背けるシェリー。
一方で、クロは非常に真剣な表情で考えこんでいた。
(穴……なんの穴が好きなんだ……? まさか、俺の知らない新手のプレイが……)
まったく的外れな考えと極めて失礼なことを考えていたのは言わずもがなであった。
「そんで、俺達はさっきからどこに向かってるわけ? こんなに人目の多い物見遊山だったら踵を返すぞ。俺の中のハートちゃんは意外とシャイなんだ」
歩く道にはヒソヒソとこちらを見ている人間がいる。
確かに英雄と呼ばれる青年と魔術師としてそれなりに知名度のあるシェリーが一緒に歩けば興味持つだろう。
今更ながらに人の目を気にし始めたのか、シェリーは咳払いを一つして気を取り直した。
「言ったでしょ? 今回助けを求めてきたのは第二王女だって」
「もしかして、その王女に会いに行くってか? マジで帰っていい?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。ある意味これが最優先で片付けなきゃいけないことなんだから」
「……シェリーがやればよくね?」
「英雄様に向かっての熱烈なラブコールだったのよ」
「ラブコールの割には人を馬車馬のように働かせるんだな。その子の将来の伴侶が金を稼ぐだけの空気ボーイにならないことを切に願うよ」
にしても、と。
クロはふと思った疑問をぶつける。
「どうしてそんなに毎度毎度助けを求めている人の話が出てくんの? 英雄様専用の掲示板でもあるわけ?」
基本、魔術師は大きな依頼が直接舞い込む。
小さなことなど恐れ多くて頼まれず、大体が国に関わるものであり、大半が戦争や討伐といった戦闘のみ。
ここに至るまで、村人の誘拐から子猫探しまでなんでもこなしてきた勤勉クロくん。
どうやったらそんなに小さなお話が舞い込むのか? そもそも、どうやって英雄に助けを求めているのか? それが気になってしまった。
「あるわよ」
「あるの!?」
クロは軽口を叩いていたつもりが真実であったことに驚く。
「あとでそこら辺の掲示板を見れば分かるけど、ちゃんと『英雄様』枠があるのよ。皆はそこに書き込んで、ユランが見たらすぐに駆けつける───昔は直接声をかけられていたみたいだけど、最近は多くていつの間にかこんなシステムになったみたいね」
「もはや便利屋枠じゃねぇか……無報酬の仕事なんて社畜根性極めすぎだろ、あいつ」
「まぁ、本人は仕事感覚はないでしょうけどね。元から「誰かを助けたい」ってだけで動いていたみたいだし、好きでやっていたことでしょうよ」
「……あいつ、会わない内にそんなことになっていたとは」
クロは天を仰ぐ。
この現状は果たして『英雄』としての行動として合っているのだろうか、と。
「私も何回かちゃんと止めたんだけどね……」
「ユランと会ってたのか?」
「同じ国に属している魔術師だもの。それなりに顔を合わせる機会はあったわ」
同じように、シェリーもどこか遠い目を向けた。
「まぁ、あの子もいつかはこうなるって分かっていたでしょうしね」
その横顔はクロに何を思わせたのか?
突然、シェリーの頭の上に温かい感触が乗っかった。
「……どうしたの?」
「……いや、なんとなくしたくなっただけだ」
シェリーはクロの顔を見上げる。
その時映っていた彼の顔はどこか気恥ずかしげで、なんとなく……感謝の色が乗っているように見えた。
だからからか、シェリーは胸の鼓動が少し早くなり、自然と体をクロに預ける。
「ふふっ、ならもうちょっと撫で続けて」
「往来だからほどほどになら、な」
王都の喧騒が聞こえてくる中。
二人は同じような空気を味わいながらも王城を目指して足を進めるのであった。
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