次の人助けへ
『お兄ちゃんかっけー! 僕もお兄ちゃんみたいにかっこいい英雄になりたい!』
昔……そう、昔のことだ。
『困っている人がいたら助けなきゃでしょ? 僕が憧れたのは、兄さんみたいな英雄なんだから』
無邪気な笑顔も。
優しさに溢れた笑顔も。
全ての笑顔を見てきた。
でも―――
『なんで分かってくれないんだよ、兄さんは……ッ!』
いつからか、クロとユランは道を踏み違えた。
♦♦♦
「分かるわけねぇだろ」
薄暗く、夕陽が射し込んでくるアロイツ侯爵家の屋敷にて。
クロはとある部屋で小さくそう呟いた。
目の前には広々としたベッドに横たわり、一向に目を開ける様子もない一人の青年。
その姿は―――とてもクロに似ていた。
「偽善活動の一環で自分がやられちゃ世話ねぇし」
そんな青年をクロはベッドの端に腰をかけながら眺めていた。
声をかけても起きるはずもないのに。
別にしんみりとしたいわけじゃない。ただ様子を眺めに来ただけだ。
「まぁ、お前がその道を選んだならとやかく言うつもりはねぇよ。ユランのせいで余計なことをやらされていることについては文句を言わせてもらうがな」
そう最後に言い残して、クロは立ち上がろうと腰を上げた。
その時、ふと部屋の扉が開かれる。
「あら、こんなところにいたの」
紅蓮色の髪を携えた少女。
手には少し溢れんばかりの花が抱えられており、シェリーはクロが返事をする前に窓際の花瓶へと花を持っていった。
「なんだかんだ言って、ユランのことが心配なのね」
「別にそういうわけじゃねぇよ。この苦労に対する愚痴のフルコースを提供してただけだ」
「ふふっ、そっか」
本当に分かっているのか?
花を差し替えるシェリーの顔には嬉しさが滲んでおり、クロはそれがどこか苛ついてしまう。
「ほんと、驚いたわ。まさかユランがこんなことになるだなんて。命に別状はないし、呪った相手も殺して解呪師も探しているからとりあえずは安心だけど」
「猿も木から落ちるってことわざを体現したかのようだよな。作った人間も大喜びで「それだよそれ!」って拍手だぞ」
「英雄に対してそんなことを言ったらバチが当たるわよ? まぁ、もうすでに当たってるのかもしれないけど」
「当たってる? まぁ、英雄の影武者なんぞやらされてる時点で確かにそうかもしれないが―――」
「いいえ、別にそういう話じゃないわ」
クロは首を傾げる。
すると、シェリーはいたずらめいたような笑みを浮かべてこう告げるのであった。
「王位簒奪を目論む第三王子が第一王女を誘拐したんだって。というわけだから、狼に攫われたお姫様の白馬の王子になりに行くわよ」
「散開ッッッ!!!」
そう言葉を言い切った瞬間に、クロは部屋の外に向けて駆け出した。
シェリーは逃がさまいと腕を振るって炎を容赦なく飛ばす。
しかし―――
「にゃろ……っ!」
振り向き様に振るったクロの腕から炎が飛んだ。
それによって互いにぶつかった炎は打ち消し合い、焦げ臭い匂いだけが室内に充満する。
「お、おまっ!? 流石の俺も意識不明の患者がいる病室で火遊びなんかしねぇぞ!? 病人に対する配慮はどこ行った!? 鞭与えて喜ぶのはMまでだ!」
「あら、嬉しかったでしょ?」
「俺はMじゃねぇよノーマルだよッッッ!!!」
ぜぇぜぇ、と。
逃げることを忘れて火遊びをする好奇心旺盛な子供に疲れるクロ。
だが、そんなクロを見てもシェリーはいたずらめいた笑みを浮かべるままであった。
「八人しかいない魔術師の一人。その内の一人が示すのは『鏡』」
「お、おいっ……誰かが聞いてたりしたら!」
「世間では魔術師の存在は最低限耳に入るけど、その魔術師だけは情報がない。何せ、魔術師としての活動を一切していないドラ息子だから」
魔術師はこの世で八人。
そう世間が口にしているのは己達が知っている情報と、魔術師達が口にしている情報を合算したから。
動かなければ魔術師などそこいらの人間とさして容姿は変わらない。
変わらないが故に、その存在を誰も知らない。
知っているのは―――対峙したことのある魔術師だけ。
「クロ・アロイツ―――英雄の兄にして、魔術師の席に座った男。この前言いそびれちゃったけど、これがあなたを影武者に据えた大きな理由よ」
「……まさかとは思うが、言ったのか? っていうか、誰が壁に耳立ててるか分からねぇのに、どうしてチャックしねぇんだ桜色のお口は?」
「まさか、そんなヘマしないし言うわけないじゃない。それをしたら本気でクロは私の前から消えちゃうでしょう?」
でも、と。
シェリーはゆっくりクロに近づいてそのまま首根っこを掴んだ。
「ちょ!? ちょっと待ちなさいお嬢さん! まだ俺には欲求解消訪問という非常に大事なことが───」
「ほら、行くわよ。今もか弱い王女様は白馬の王子が現れるのを夢見てるんだから」
「第二王女って十五だろ? 別に夢見る年頃でも状況でもないだろ、少しは現実を見させてあげてもバチは当たらな……って、分かった! 分かった自分で行くからさ! 頭に酸素を与えないと魚でも死んじゃうのよマジでッッッ!!!」
そんなクロの抵抗虚しく。
シェリーは首根っこを掴んだままその場をあとにするのであった。
「あ、ちなみに助けを求めたのは以前ユランに助けられた第二王女らしいわ。影武者の話を知らないから、そこのところよろしく」
「…………ねぇ、それってまたユランの真似事しろってこと? ブラック企業甚だしくない?」
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