影武者になったワケ

明日からは9時と18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 ―――というわけで話は戻る。


「魔術師の中でも、英雄はかなりの知名度があるのよ」


 ゴォォォォォ、と。

 真っ赤に燃える木々と何やら悲鳴が聞こえる物体を眺めながらシェリーは口にする。


「立っているだけで他者への抑止力になる。そんな魔術師を抱えているこの王国は他国への牽制もかねて今までユランを放任していたわ。圧力にも繋がるしね」

「群れに属している魔術師もいれば孤高を望む魔術師もいる。お母さんがいないと不安になっちゃう寂しがり屋かぼっちかの違いだよな」

「でも、英雄は倒れてしまった。隣国の帝国に比べてこの国は弱い―――だから、英雄がいなくなったと知れ渡ったら帝国がどう動くか分からないの」


 その横では、相槌を打ちながら淡々と燃えゆく景色を眺めるクロの姿。

 内心は「なんの反応もなしにこの景色を眺めるのって結構シュールだよな」と、そんなことを思いながら。


「それで急遽影武者を立てなきゃいけなくなったってわけ。説明するのは二度目だけど、ちゃんと理解してくれた?」

「え? まったく」

「……もう一度説明しなきゃいけないかしら?」

「待て待て待て、でこに拳を向けるな。これは女の子の軽いスキンシップじゃなくて明らかに暴力だ」


 数分前の痛みが再発したような気がした。

 多分、きっと、まだ腫れが引いていないおでこが必死に訴えていたのだろう。


「っていうかさ、なんで王家は俺を影武者に据えようとしたんだよ? 俺の噂なんて耳にタコどころか耳にイルカだろうが」


 胸を張って言えることではまったくないが、クロの噂はかなり酷い。

 遊び人で女癖が悪く、自由奔放で礼儀知らず。ドラ息子やクズだという話だって知らぬわけがない。

 仮にも侯爵家の人間———権力は無視できるものではなく、否が応でも耳に入れないといけないからだ。


「私が推薦したの」

「何してんの!?」


 不思議に思っていた理由が呆気なく開示され、クロは思わず目を向いた。


「顔がかなり似てるし、ある程度顔も知れ渡っているし、打つ手がないから選択肢が限られている。それと何かあっても私がサポートしますって」

「久しぶりだよ、こんなにもありがた迷惑な話は」


 遊んで暮らしたい、自堕落な日々を謳歌したい。

 そんなクロにとってはありがたい要素など一つもなかった。


「だからしばらく私はお目付け役ね。ふふっ、どうかしら? 幼馴染が一緒にいてくれるご感想は―――」

「え、それって返品可能?」

「…………」

「今、のは……じょ、う……だん……だか、ら……ッ!」


 クロの額が悲惨なことになった。


「あなたって、こうでもしないとちゃんとしないでしょ? これもいい機会だし、ちゃんとすることでも覚えたらどう?」


 シェリーは少し血がついた拳を布巾で拭きながら大きなため息を吐く。


「……ちなみに断ったら?」

「ブチコロスワ」


 飾りっ気のない言葉が一番怖かった。

 ちなみに、この言葉が一週間前のクロの首を縦に振らせたのである。


「人助けなんていいことじゃない。何をそんなに嫌がってるのよ?」

「自由快適なライフから離れるからな。それに……」

?」

「……いや、なんでもない」


 口篭ったクロを見て首を傾げるシェリーだが、答えが聞こえそうになかったのでロイの近くに駆け寄り、鼻に人差し指を当てた。


「いい? あなたはとにかく英雄の影武者だってバレちゃいけないからね? 軽率な行動は絶対にやめなさい」

「どうして俺には拒否権ってものがないんだ……」

「あ、ちなみに王家からそろそろ直接書簡が届くから」

「どうして俺には拒否権ってものがないんだ……ッ!」


 王家から直接命令されてしまえば貴族である以上、いくら遊び人で折檻上等のクロですら断ることができない。

 ただでさえ目の前におっかない美女がいるというのに、なおさらクロは首を縦に振らざるを得なくなる。


(……逃げるか? このままじゃ女の子と遊ぶどころか籠の中の小鳥ちゃんだぞ?)


 しかし、逃げてしまえば侯爵家の優雅な暮らしもできなくなってしまう。

 明らかな八方塞がりにクロの瞳から涙が出てき始めた。


「しっかし、どうして俺達はこんな火の海を眺めなきゃいけないんだ? デートは心が燃えるって言うが、熱すぎて喉が渇いてデートどころじゃないぞ?」

「さっき言われたじゃない、ここ最近盗賊がうろついてるって」

「だからって森を燃やすって大丈夫? 環境破壊で訴えられても弁護しないからな?」

「その時はあなたがやったって言っておくわ」

「ここで擦り付けとは卑怯な! ただでさえ俺って絶賛巻き込まれ事故の一番の被害者だっていうのに―――」


 そう言いかけた時だった。

 ガサリと、背後からひょこんと人影が姿を現す。


「あ、あのー……英雄様」


 盗賊がいるから助けてほしいと言ってきた村の人間。

 その姿が見えた瞬間、シェリーはクロの脇腹を突いてアイコンタクトを飛ばしてきた。


「(いい? ユランの真似をしっかりするのよ?)」

「(へいへい、分かってますよ。っつたく、少しはアルバイトの給料ぐらいほしいぜ)」


 クロは村人の前まで歩く。

 そして、見事な爽やかな笑みを浮かべるのであった。


「どうかされましたか?」

「い、いえ! もしかして、盗賊を倒してくださったんですか?」

「はい、そうですよ。これでもう盗賊に悩まれることはありませんからご安心ください」

「本当ですか!? ありがとうございます、英雄様!」


 似つかわしくない爽やかな笑みを受けて村人は嬉しそうな顔を見せた。


「(流石ね、クロ。やっぱり双子の兄なだけはあるわ、よく似てる)」

「(やめろ、こんなところでおだてるな。さっきから頬が引き攣って仕方ないんだよ)」


 そうアイコンタクトを飛ばしていると―――


『ふざけんじゃねぇぞ、クソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』


 燃える火の海の中、ボロボロになった男がいきなり剣を走り込んできた。

 直線の先にはお礼を言ってきた村人の姿がある。

 油断していたからか、安心しきっていたからか。村人は驚いたままその場を動けずにいた。


 だが―――


「部外者が首突っ込んでくんじゃねぇよ、あァ?」


 鈍い音が炸裂する。

 そう認識した頃には男の体は火の海まで飛んでいき、目の前でクロが蹴り下ろしたような姿をしていた。


 一般人が目にも追えなかった。

 しかし、それを容易に起こしてみせた人間。

 それが何を表わすのか?


「私が推薦した理由がもう一つあるんだけど……聞く?」

「……いや、やめておくよ。なんとなく言いたいことが分かってるから」


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