英雄のブランド

「失礼します、アリス様」


 ちょうどいいタイミングか、間の悪いタイミングか。

 数回のノックが聞こえると、室内に逞しそうな甲冑を纏った大男が姿を現した。


「お呼びに上がり、参上いたしました」

「流石、ガゼルだね! すぐに来てくれた!」


 予めアリスが呼んでいたのだろう。

 客人がいるのにもかかわらず叱責しないところを見るに、今の話と関係があるのだと分かる。


「(王国騎士を呼んだって、何をさせるつもりなのかね? 助手が必要なか弱いシャイボーイに見えたか、俺達?)」

「(さぁ? 少なくとも、私はボーイじゃなくてガールだからその読みは外れていそうなものだけど)」


 王国騎士。

 王家が抱える騎士であり、各地から選りすぐりの実力者だけ集められた部隊。

 主に戦争や国内の大きな事件、王族の護衛といった主要な事柄にのみ関与する。

 そんなエリート部隊が現れたことによって二人は首を傾げるが、それを他所にアリスは会話を続けていった。


「ねぇ、今までの調査報告……ユランくん達に渡してほしいの」

「調査報告を、ですか……」


 チラリと、ガゼルと呼ばれる男がクロたちを見た。

 その瞳は訝しむようで、どこか冷たいもの。


「どこぞの誰かとも分からない人間に今までの調査の情報を渡してもよろしいのですか?」

「むっ? ユランくんを知らないの? っていうか、失礼だよ」

「知ってはいますが、まだ子供ではありませんか」


 ガゼルの言葉にアリスは額に青筋を浮かべていく。


「……ねぇ、百歩譲って子供に見えたとしてもユランくんは魔術師。誰にも比べ物にならないほどの実績も積んできた。今まで調査するだけお姉ちゃんを助けられなかった王国騎士風情がそんなことを言うの? 自分のことは綺麗な戸棚に花瓶そえて上げちゃったのかな?」

「そういうわけではありません。ですが、我々の調査も着実に進んでおります。ソフィア様を救出できるのも時間の問題かと」

「そんな悠長にことを構えるなんてできるわけないじゃんッッッ!!!」


 アリスが堪えきれないとでも言わんばかりに激高する。

 その様子を、シェリーとクロはどこ吹く風で眺めていた。


「(魔術師を馬鹿にしすぎじゃないかしら、この王国騎士風情。私なら片手どころか人差し指だけで倒せそうなのだけれど? いっそのことサーカスのライオン役でもやらせてみようかしら?)」

「(火の輪っかなんか潜る度胸はねぇだろうよ、あいつには。王国騎士はゲスト出演なんか望んでいなくて、自分達だけでサーカスを回していきたいんだから)」

「(それって、面子の問題?)」

「(それも大いにあるだろうけど、多分俺達のことを何一つ信頼しちゃいないからだな)」


 クロが頬杖を一つつく。


「(王国騎士の第一の使命は『王族を護る』こと。一人を自らの失態で危険に晒した以上、二度目は起こしたくない。加えて、情報を見せて第三王子側にリークでもされれば今度は主体で動いている第二王女すらも狙われる可能性がある)」


 それなのに、今初めて会った人間に「はいどーぞ」と素直に渡せるだろうか?

 王族を第一に考えているからこそ、おいそれと情報は流せない。

 信頼が置ける自分達だけで捜したいと考えるのは当然の話だ。


「(それだけじゃなさそうな目をしてない?)」

「(そういう理由もあるってだけだよ)」


 それに、と。


「(俺だって本当はこんな人助けなんかしたくないがな)」

「(……面倒くさいとかそういう話だったら、燻すわよ?)」

「(あらやだ、綺麗なスモークサーモンのできあがり♪ ってか? でも、調理法と工程が間違ってますぜ、お姉さん?)」

「(だったら―――)」

「(単純な話さ)」


 今もなお、アリスの激昂は続いている。

 そんな中、シェリーはクロの言葉に首を傾げていた。


「(ユランの『英雄』としてのブランドが傷つく可能性を考慮すれば、素直に首を縦に振るのは馬鹿げている)」

「(ブランド?)」

「(そうそう、ブランド。そもそもの話さ、よ?)」

「(……そうね)」

「(はい、助けてくださーい。さて、その言葉の信憑性は? 嘘をつかれていて、第二王女が第三王女を魔術師使って攻撃したい可能性は? 王国騎士と同じで、信頼に足る根拠なんてどこにもない。俺とシェリーの間で生まれた会話じゃねぇんだ、いくら助けた相手だからっていっても赤の他人だろうがよ)」


 今は王位継承権争いの真っ最中。

 仮にアリスが王位継承権争いに参加していないとしても、どこかの派閥には属しているだろう。

 それなのに、何か思惑がないと断言できる根拠はどこにある? こっちはただ「助けて」と言われただけで裏付けなど取れていないのだ。


「(これで「誘拐してないのに英雄が攻撃してきた」なんて話になってみろ……あいつの『英雄』としてのブランドは地に落ちる。裏で大爆笑している連中の代わりにピエロのまま罵倒の的になってな)」

「(……ごめん、なさい。そこまで考えてなかったわ)」


 しゅん、と。シェリーが項垂れる。

 だが、そんなシェリーの手を見られないようにクロはそっと握る。


「(いいよ、別に。どうせユランだったらこういうことは裏の可能性なんか信じないで助けるに決まってるんだからさ)」

「(クロ……)」

「(こういう保険と念のためを考えるのは俺の役目だ。)。でも、まぁ―――」


 不意に、クロが立ち上がる。

 激高しているアリスの間に立つようにしてガゼルを見上げ、真っ直ぐに視線を向けた。


「ユラン、くん……?」

「君が心配しているのは僕達が信頼できるかどうか。それと足手纏いにならないかどうかってことだよね?」


 そして—――



「だったらさ、一度手合わせしようよ。僕が誰かの下について誘拐なんて非道な真似をしないほど強いって……証明してあげる」


 クロはユランを演じたまま、そっと口元を吊り上げた。

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