影武者VS王国騎士
クロ・アロイツは人助けに消極的だ。
それ故に、この話がどう転がろうと知ったことではない。
でも子供と言われ。
この
「……は?」
突如襲い掛かる浮遊感。
ガゼルの口から思わず呆けたような声が飛び出した。
視界に映るのはゆっくりと砕けて落ちる硝子の破片、綺麗に広がる青空。加えて、自分の胸倉を甲冑ごと掴み上げているクロの姿であった。
「おいおい、この程度で阿保面見せんなよ。たかが目で追えなかったなんて魔術師の間では日常茶飯事だぞ?」
クロが掴み上げた胸倉を一気に振りかぶる。
そして、そのままガゼルの声を無視して地面へと叩きつけた。
(な、ん……!?)
ガゼルはとりあえず何が起こったか分からぬまま頭を守った。
このまま地面に叩きつけられると勘が働いたからだろう。しかし、全身に衝撃が入ろうかと思った瞬間、今度は脇腹へ重たい衝撃が走る。
「がはッ……!?」
だからさっきから何が起こっている? と。
地面を勢いよくバウンドしながらガゼルは思った。
二階から落ちた場所が人気のない庭でよかった、甲冑を着ていてよかった……などとは思えない。
「英雄が魔術師として示すのは―――圧倒的な『脅威』」
ユラン・アロイツの魔術は至ってシンプル。
純粋な身体強化。誰の追随を許すことなく先を走り続ける力。
振り返れば常に後ろにいる人間の脅威となるために、その魔術はそう示されている。
それ故に、ガゼルが現状を理解できないのは無理もなかった。
「さぁさぁ、玉蹴りでも始めよう。俗に言う友達はボールってやつだよ、よかったな」
転がった先には英雄がいて。
蹴られたと思えばまた英雄がいて。
上に飛ばされたかと思えば英雄が滞空していて。
ただただ、ガゼルはなんの抵抗も状況も読めないまま為す術なく痛めつけられていく。
―――これが英雄。
八人しかいない魔術師の中で最も肉弾戦闘に特化した魔術師。
(……いいえ)
その様子を窓の外から眺めていたシェリーは内心で否定する。
(魔術師の
そう、これはあくまで英雄であるユランの
クロ・アロイツとしての魔術は、身体強化という枠組みには入っていない。
「えっ!? い、今何が起こっているの!?」
いきなり窓が割れ、二人の姿が消えたと驚くアリスが思わず窓の外を眺める。
「少し、あの子が怒ってしまったようですね」
「ユ、ユランくんが……?」
その言葉にシェリーは応答しない。
だが、代わりにふと少し前のことを思い出してしまった。
覚えているだろうか?
いつの日か、シェリーの炎をそのまま相殺した時のことを。
(クロが魔術師として示すのは『鏡』。つまり、映した者に対する全ての模倣)
相手が誰であれ、なんであれ。
クロは目に移したもの全てを己のものとして保有することができる。
通常、人は目で見て、頭で思い浮かべて行動し、イメージに最大限沿うようにして真似をする。
達人の剣術を真似するために何度も何度もイメージと体に整合性を合わせて、ようやく同じような技術が習得できる。
だが、クロはそうではない―――鏡に映った姿自体が勝手に体へインプットされるのだ。
つまり、映像として記録し体に落とし込める以上……確実に、同じような行動が取れる。
(だから影武者にぴったりな人材だったのよねぇ)
英雄を知るものに対して別の魔術を使えば容易にバレてしまう。
だが、ユランの魔術を使え、容姿も声も真似できるのであればヘマしない限りは露見することはない。
更に、クロ自身表立って魔術師としては活動していなかったのだ。
ならばこそ、模倣しているなど誰も露にも思わないはず。
「ご自慢の甲冑がへこむぞ? さっさと反撃してみせたらどうだ?」
薄っすらと、そんな声が聞こえてくる。
幸いにして辛うじて捉えられている物体を追うのに忙しいアリスはオロオロするだけで聞こえた様子がなかった。
ただ―――
(あの馬鹿……)
シェリーは興奮しきったクロの声を聞いて額に手を当てる。
あとでお仕置きしてやろう。そう思いながら。
そして、そのすぐあと―――割れた窓の淵にいきなり二つの人影が姿を現した。
「す、すみません……やりすぎちゃいました」
申し訳なさそうにするユランの真似をしたクロ。
手には力ない様子でぐったりと痣を見せるガゼルの姿があった。
「……へっ?」
一度助けられたことのあるアリスは英雄の力を知っている。
でも……でも、だ。
(王国騎士って、強いんだよ……?)
国中から才能ある人材を集め上げ、統率した部隊。
そこに属する騎士がそこいらの人間に負けないなど王族のアリスはよく知っている。
だが、ほんの数分の出来事だけでこうもボロボロになって帰ってくるのか? 成す術もなく抵抗できないまま簡単に負けてしまうものなのか?
(こ、これが魔術師……)
国一つを落とすほどの武力を持った人間。
改めてその強さを目の当たりにしたアリスは思わず戦慄してしまった。
「……私、その窓は弁償しないからね?」
「……しまった」
そんなアリスを他所に、二人は割れた窓に目を向ける。
クロの頭の中は、場違いにも割れた窓の弁償金額のことでいっぱいであった。
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