これから

「ここにいてくれ、シェリー」


 王城でアリスと会ったその日の夜。

 無事に王国騎士から認められ、調査報告書をもらったクロとシェリーはアリスが用意してくれた王城の部屋へと泊まることになった。

 そして、シェリーの部屋にて……クロは真剣な瞳を向けていた。


「王都は危ない。それこそ夜ともなれば桁違いだ。世の中平和な生活が中々訪れないのと同じで、人は平和こそ望む者もいればそうでない者もいる。夜の街というのは、そういう輩が多いんだ」


 そんな真っ直ぐな瞳を、シェリーもまた真っ直ぐに見返している。


「シェリーは美しい。それこそ絵画として残し、オークションでは札束が積み上がるほど綺麗だと俺は思っている」

「…………」

「だからこそ狙われる可能性が高いんだ。古今東西、財宝を求めて冒険に飛び出す人間がいるように、人は綺麗なものに惹かれてしまう傾向があるのだから」


 クロはがっしりとシェリーの肩を掴んで透き通った瞳に訴えた。

 伝わってくれ、俺はこんなに本気なんだ。そのような想いを込めて。


「今日はここから出ちゃいけない……いいな?」


 それに対して、シェリーは───


「嫌よ、どうせ夜遊びしたいだけでしょ」

「ちくしょうがァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 普通に一刀両断してみせた。


「どうして分かってくれないの!? 今時のクイズ番組の司会ですらこんなに懇切丁寧説明してくれないほど理由を言ったっていうのに!」

「司会者よりもタチが悪いでしょ。一向に答えを言うつもりがなかったくせに」


 確かに、本音は夜遊び行きたいシェリーに邪魔されたくないがあった。

 一文字も口にしておらず、ただただ紆余曲折させようとしたクロに懇切丁寧さなどない。

 それどころかただの詐欺師と変わらなかった。


「俺はただ、綺麗なお姉ちゃん達と遊びたかっただけだというのに……ッッッ!!!」

「綺麗なお姉さんなら目の前にいるってさっきその口が言っていたような気がするけど、気のせいかしら?」

「お前と遊ぶなら火遊びじゃん。一方的に俺が焼けるだけの」

「安心して……広義的に見ても、人は有機物なの」

「どこに安心する要素があるってんだよこのボケッ!」


 人を燃やす気満々のレディーはいくら美人でも手が出せないものである。


「まぁ、そもそも「きゃー、英雄様ー!」な状況なのに外へ出て娼館に行く気が起きる?」

「……萎えるな、確実に。なんかいたたまれない気持ちと罪悪感さんが心の扉を叩いてくる」

「でしょ? なら一緒にこの部屋にいるしかないの」

「むー……せっかく王都に連れてこられたのならこれぐらいはしておきたかったんが」


 やむを得まい、と。

 クロは大人しくシェリーの部屋のベッドに腰を下ろす。

 さり気ない『自室で過ごす』という選択を奪ってみせたシェリーの言葉巧みな話術には脱帽する他なかった。


「それで、結局これからどうするの?」


 シェリーが横に座り、クロの顔を覗いてくる。


「俺としてはクーリングオフ制度を是非とも活用したい───」

「期限切れよ」

「───が、無理そうなのでさっさと終わらせるしかないだろ」


 クロはベッドの上に放り投げた調査報告書を拾ってパラパラ捲り上げる。

 その内容をシェリーも同じように横で読み始めた。


「ことの発端は一週間前。茶会に足を運ぼうとした第一王女が馬車に乗っている最中盗賊に誘拐された」

「盗賊が第三王子に雇われていたことが判明したのは三日前……って、意外と行動が早いじゃない」


 誘拐されたと分かってから盗賊を見つけられるなど、王国騎士の手腕には感服する。

 行動を洗い、聞き込みをして捕縛、最終的には情報を吐かせたのだろうが、着実に進んでいるのが分かった。

 クロもシェリーの話を聞くまで誘拐されていたなどと知らなかったということは、大衆にも知られていない話のはず。

 大々的に勘づかれそうな行動もできぬまま情報を集められるというのは存外凄いことなのだ。


「問題は誘拐されたあと、王女を引き渡してからの情報が盗賊からは聞き出せなかったことだな」

「まぁ、普通よね。win×winの関係に必ずしも信頼関係があるわけじゃないもの。実際に体を痛めつけられて新しいお口がべらべらと喋っちゃってるわけだし」

「人の口に戸は立てられないってことだな。少々荒すぎる体現方法だと思うが」


 噂ではなく聞き出そうとしているのだから当然だ。

 しかし、それを考慮したからこそ盗賊にそこまでしか教えなかったのだろう。


「そこまで隠すなら雇い主が第三王子であることも一緒に隠せばよかったのに」

「どっちでもよかったんじゃねぇの? どうせあとでジョーカーを使うんだ。いつかはバレるし、それなら早めに教えて警戒とか意識を別方向に向けさせた方がいい」

「……あなたって、意外とこういう話を理解できるわよね」

「自分、天才なもので」


 なら、と。さり気なくシェリーが肩を寄せてからかい気味の笑みを向ける。


「その天才ちゃんはどうやって白馬の王子様になってみせるのかしら? 結局、居場所も分からないんでしょ?」

「そんなの、決まってるじゃないか───」


 クロはシェリーの笑みに対して、こちらもからかうような笑みを浮かべた。



「何も英雄らしく行動しなきゃいけないわけじゃない───ここに絶賛嫌われ者のドラ息子がいるんだ。しっかりと有効活用していこうぜ」

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