第一王女
天才青年クロくんはアフターフォローも完璧。
英雄のユランがこんなことをするはずもない。でも、なんでドラ息子がこんなことをするのか?
その答えはしっかりと用意されているのだ。
「お久しぶりです、第一王女───ソフィア様。ユランからのお願いでお迎えにあがりました」
そう、全てユランからお願いされたと嘘をつく。
実際にお願いされたのは英雄であるユランであり、本来ならドラ息子のクロなど関係もないのだが「お願いされた」のだと言えば整合性も取れる。
ユランがするはずもないことをクロがしても問題なし。あとで「兄さんが勝手に」とでも言っておけば全ての矛先はクロへと向く。
まさに完璧。クロがユランの真似をしているということもバレず、早急迅速に第一王女を救えるスペシャルプランなのだッッッ!!!
「あ、ありがとうございます……ですが、どうやってその扉を壊したのでしょうか?」
「…………」
ただまぁ、別の側面が瓦解しそうになっているのはご愛嬌だ。
「そ、それはですね……そう! ここにはシェリーも来ているんです! 魔術師である彼女にこの扉は壊してもら───」
「飛び蹴りの要領で入ってきましたよね?」
「…………」
屋敷が燃えているからだろうか?
先程から汗が止まらない天才クロくんであった。
(ど、どうする!? クロ・アロイツ十九歳イケメンジェントルマン!?)
己の不注意旺盛な状況ではあるが、ここで「実は魔術師なんです」などとは言いたくない。
魔術師だと露見してしまえば馬車馬への片道切符が強制無料配布されてしまう恐れがある。
かといって「僕はユランなんだ」と言ってしまえばそれこそ懸念していたブランドが確実に傷ついてしまう。
クロが助けるために燃やすのと、非道で無茶苦茶な方法を使ってユランが助けるのは大違いなのだから。
(本当にどうする!? ここで皆ハッピーになれるスペシャルアンサーは何処に!?)
そう思っていた時だった。
扉があった場所から赤髪を靡かせるシェリーが顔を出す。
「クロー、見つかった……って、もう見つけてるじゃない」
「ちょうどいいところに来たお嬢さんッッッ!!!」
クロはシェリーの姿を見た途端に駆け出した。
膝をつき、今から懇願でもしそうな勢いの姿はなんとも情けないこの上なかった。
「(聞いてくれよシェリー、なんかあの人がどうやって扉を壊したんだって無垢な瞳で尋問してくるんだよぉー!)」
「(そんなの、普通に鍛えていたからって言えばいいじゃない)」
「(それだ!)」
立ち上がり、膝についた誇りを払って咳払いをするクロ。
そして真っ直ぐに第一王女であるソフィアを見つめてこう言った。
「実はこう見えてもかなり鍛えておりまして───」
「ここの扉は私が外に逃げられないように作られた部屋です」
「…………」
「耐火性、防音性、加えて騎士が百人集まっても壊せないよう何重にも壁を重ねている……と、ロイが胸を張って自慢していました」
「…………」
チラリと、扉が吹き飛んだことによって剥き出しになった壁を見る。
確かに分厚い。まるで何枚もの壁をいっしょくたに纏めあげたような。
あんなの男のパンチがいっぱいあっても壊せそうにない。
「(シェ、シェリーさぁーん……)」
「(一応言っておくけど、私でも流石に壊せなかったと思うの)」
「(ここで味方なのに退路を平然と塞いでくるスタンス、マジでぱねぇっす)」
つまりは「シェリーがしましたー」などという言い訳もやっぱり使えないわけで。
つまりはどうしたらいいのかと言うと───
「どうか見逃してはいただけないでしょうか」
「見事な土下座ね。洗礼されたような感じがするわ」
平謝りしかない。
もう、いくら天才クロくんでもどうすることもできなかった。
「どうか顔を上げてください、クロ様。流石に恩人に対して鞭は打てませんよ」
頭を下げている隙にシェリーから拘束を解いてもらっているソフィアが口にする。
「言いたくはないのですよね? 承知しました、このことは墓まで持っていきましょう」
「ソフィア様……ッ!」
感涙で涙が溢れ出てきたクロ。
これで馬車馬への片道切符は渡されなくなった。
「しかし、どうしてクロ様がこちらに? 正直なお話をすると、クロ様が助けに来てくれるとは思いませんでした」
「それはですね……」
「あるとすればアリスがユラン様にお願い。そして、ユラン様が現れてくださるのかと」
とても間違ってはいない推測であった。
ただ中身がどちらもクロであったのはニアピンだろう。
「俺にだって王女様を助けたいという気持ちがですね───」
「ほぼまったくなかった」
「───ですが、やらざるを得ない状況に……って、被せんなシェリー! 俺の印象を下げないでおくんなまし! マッチポンプへの期待が薄れちゃうでしょ!?」
「ふふっ、そうですか」
シェリーから拘束を解いてもらったソフィアが立ち上がる。
そして、綺麗な所作で小さく頭を下げるのであった。
「ありがとうございます、クロ様。このご恩は一生忘れません」
王族からのお言葉。
貴族であっても一生に一度聞けるか分からないお礼。
それに対して、クロは───
「…………あのー、忘れてもらって結構なんですけど、さっさとこの屋敷から出ません? このままだと食卓に並ぶチキンがたくさんになっちゃいます」
「ならあそこに転がってる豚も回収しなくちゃいけないわね」
とてもありがたみもない台無しをとりあえず置いたのであった。
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