第46話
三分程しか話さない電話だった。
優斗は電話を切ると茉由奈の方を向いていた。その顔は猫がマタタビで叩かれたような良く解らない表情をしていた。
「うーんっと表情が読めない……どうなったの?」
ずっと自分の方だけを見ている優斗を茉由奈は見ながら首を傾げた。
こんなのは心臓に悪い。自分の事よりも心配になってしまっていた。
「どうなったと思う?」
「わからんから聞いとるんよ!」
優斗はにこりと顔を綻ばせていた。
そんな顔を見たので悪い知らせではないと茉由奈は思ったのだが、ちゃんと話をしないので核心が解らない。それでちょっと怒っていた。
「クビの話は無くなった……」
「本当に?」
「うん!」
確認すると茉由奈は俯いていた。両方の手を祈る様に組んで額に付けてる。
どうしたのかと思い優斗がその手を取ろうと思った時だった。
茉由奈は顔を挙げた。その瞳からは涙が流れていたが、表情は笑っていた。
「良かったぁ」
心の底から安心したような雰囲気で茉由奈が笑う。
「最近のマユ笑ってるかと思えば泣いてばっかりだな。しかも今は両方だし……」
呆れたような優斗は手を差し伸ばした。
「それはユウちゃんが悪いんでしょー」
しかしその手を茉由奈は取らなかった。笑い泣きのまんまパタリとその場で倒れた。雪のクッションが申し訳無い程度に活躍した。
「溶けてきてるから寒くなるよ」
はしゃいでる子供を見るように優斗は茉由奈を眺めていた。そしてそんな事を言うと再び手を伸ばした。
今度は茉由奈もしっかりとその手を掴んだ。だがしかしそう簡単に優斗の思ったとおりには進まさないのが茉由奈なのである。
一瞬ニッコリと笑ったかと思うとその掴んだ手を横に振った。優斗を投げた。そんな事思いもよらなかった優斗はニッコリとした笑顔のまんまで、宙を舞いドサッと仰向けに倒れこんだ。
舞いあがった雪がとても綺麗で風景を白くする。思ったほど溶けてない雪は優しく自分の周りをつつんでいた。
横を向くと頬にあたる雪がちょっと冷たい。でもそこにはそんな事を忘れさせる茉由奈の笑顔が有る。優斗はこれからこの笑顔を永遠に守りたいと思っていた。
「雪達が……天国からの白い祝福があたしとユウちゃんの事を歓迎してるよ」
降り落ちる雪に向かって茉由奈は手を伸ばしていた。その天からのかけらを愛おしむように。
「そうだね。俺達は幸せにならないと駄目みたいだ」
二人は仰向けになって儚いひとときの銀世界の風景になっていた。
「なるよ……きっとユウちゃんとなら」
茉由奈の言葉は震えてる。しかしそれは寒さの責任でも涙のためでも無い。嬉しいから。
「もうマユを離さないから」
掲げられている茉由奈の手を取ると優斗はそう語った。これまでずっと逃してしまっていたその手を優しくそしてしっかりと捕まえた。
おわり
闇を渡る鳥に 浅桧 多加良 @takara91
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