Coda
「たくちゃんのショコラみたいだなって思ったの」
開口一番に言われて匠は面食らう。
「ホワイトチョコが割れて、他の味と混ざって変わっていく感じ、変奏曲と似てて。でも板チョコだからかな。溶け切るのは遅くて、最後のビターとも混ざって」
主題みたいでしょ、と鍵を弾く。
「たくちゃんのショコラはいつも余韻が長いよね。これから弾くたびに思い出すかも。怖くても、今日のこと思い出せれば大丈夫だと思う」
響子は屈託なく笑う。自分が求めていたショコラの在り方を言い当てられ、匠は途端に力が抜けた。そこで初めて軽く歯を食いしばっていたことに気づく。
「ったく。敵わないな」
「何が?」
「いや、何でもな……くはないか。サンキュ」
何それ、と椅子を降り、響子は匠の隣に腰を下ろした。
「しかし響子の方もなんか違うな。モーツァルト」
「え、どこかおかしかった!? 変奏、飛ばしたりした?」
慌てふためく響子の横で、匠は
「なんとなく……演奏会で言うなら、二年前に聞いた時は堂々とした感じが強かったかな。今日のはどちらかっていうと華やかな印象」
「そんな前の覚えてるの?」
「覚えてるよ。小学生で弾いた時は音が緊張してた」
「それ私が覚えてない」
家でもよく弾いている曲であるし、匠は聞き飽きていてもいいはずだ。それなのに響子より細かく記憶されているなんて信じられない。子供の頃の未熟な演奏まで挙げられた恥ずかしさと、じんわり温まるような嬉しさがないまぜになる。
残る音楽を弾けていたのか、と。
「本人が気づかないことってあるもんですねぇ、匠さん」
「そうですね響子さん――さて」
不安が薄れたら空腹なのに気がついた。もう時計の針は九時を回っている。
「夕飯にするか。試食のお礼に響子の好きなものにしよう。うちから材料持ってくるけど」
「あ、待って。私も行く」
匠は伸びをして立ち上がり、すたすた玄関へ向かっていく。響子を訪ねてきた時に感じられた翳りは、もう匠の声音から消えていた。
ショコラへの感想で、自分も匠の不安を消せたのだろうか。
黒コートの背を追いつつ、響子は密かに苦笑する。
――良かった。あそこでショコラを頼んで。
元気が欲しいと、言いかけて飲み込んだお願いは、できることなら別の機会に。
Fin.
ショコラひと粒とピアノの一音 蜜柑桜 @Mican-Sakura
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