音楽や料理は、一度聞いてしまえば、食べてしまえば、跡形もなく消えてしまいます。形のないもので人の心を動かすこと。人の心に残り続けること。それはとっても難しいことですよね。
本作の主人公、音楽家の響子と、ショコラティエの匠も、自分たちが創る物は『跡形もなく一瞬で消えてしまうもの』として、一体そこにどういう価値があるのか、苦悩しています。
本作のテーマは、ある意味、小説や映画や舞台など、あらゆるものの創作者が共通して悩むことかもしれません。形ないもので人の心を揺さぶることの難しさを、私自身もよく感じております。クリエイターの命題ですね。特に音楽や料理は本当に一瞬のものであり再現芸術ですから、その一瞬にどれだけの価値を込められるのか、作り手はとてもプレッシャーを感じるのではないかと想像します。
とっても美味しそうなチョコレートの描写と、優しい音楽の描写が混じり合っていき、悩む二人を導くシーンが素敵でした。創作者として二人が出した答えに共感しつつも、美味しそうなチョコレートの描写にすっかりお腹がへってしまいました! 響子と匠のこれからの関係も気になる、バレンタインにぴったりな、いろんな意味で甘い小説です。
(「甘いだけじゃない!? スイーツが登場する物語」4選/文=美雨音ハル)
チョコレートは食べたら無くなってしまう。音楽は聴いたら忘れてしまう。
形無いもの、無くなってしまうものに価値はあるのか?
ショコラティエの匠と、ピアニストの響子はその問いかけに苦しみます。
この物語はその残酷な問いかけに優しく答えてくれます。
チョコレートを食べた時の気持ち。ピアノを聴いて感動したという気持ち。どちらの感情も誰かの心の中にしっかりと宿っています。記録しているとも言えるでしょう。
両者は「無くなってしまうもの」ではなく「心の中に宿るもの」なのです。
そんな深い解答が得られる素敵な作品です。2人がお互いを思いやる愛情深さにも是非注目してお読みください。
あなたの心の中にも温かな気持ちが宿ることでしょう!