第5話
宗助は右手に拳銃をぶら下げたまま、紫色をした蝶のあとを追いかけた。
蝶がどこに向かっているのかは、薄々と気がついている。
やがて蝶は、暗い湿地の木々を縫って、一本の木の近くに行きついた。
蝶が舞いおりた白いプレートには、『中村美樹』と書かれていた。
なんとなく、宗助は顔をあげることができないまま、蝶の翅をしばらく見ていた。
ぴたりと閉じられた二枚の翅は、端正な黒い筋に飾られていた。
ふるえる触覚はいかにも弱々しい感じがした。
おまえはなにを探してるんだ、と宗助は喉の奥でつぶやいた。
木の幹に、黒い液体が伝う。血かなにか、粘質な液体が……。
ふと、宗助の側頭部が濡れたが、顔を上げることはできない。――その代わりに、あいかわらず蝶を見ていた。
蝶は、生臭いにおいの立ち込める湿地の中で、ひときわ輝いていた。
蝶を見ている限り、不吉なことなど、なにも起こりはしない。――そんなふうに宗助は思いたかった。
とはいえ、可憐で物静かな蝶のたたずまいは、どうにも妹のことを思い出させた。
そんな中で宗助は、視界の上部に赤い塊がゆれているのを意識しはじめる。
動物かなにかの体のような、丸みをおびた塊を……。
ついに、宗助は確信した。
そこになにがぶらさがっているのかを。
「おまえが最期に失くしたものを、おれは見つけたよ」
ふと、風が吹いて、枝がゆれた。
宗助の頭上で枝が軋む音がする。
なにかのかたまりが、ずず、とずり落ちてくる緩慢な音がする。
とうとう顔を上げた宗助は、落ちてくるそのかたまりを両手で受け止めた。
それは美樹の遺体だった。
宗助は拳銃を持ち上げた。
* *
森の一画で、拳銃の音らしき乾いた破裂音がした。
宗助が自身の頭を撃ったとき、紫色の蝶が視界に飛び出し手元が狂った。
弾丸は地面に刺さった。
宗助は拳銃を落とした。
そしてはじめて心から泣いて、妹の名を呼んだ。
紫色の蝶は空の高みへと舞っていった。
失せ物の森 浅里絋太 @kou_sh
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