第3話
「――つまり、拳銃なんだよ。探して欲しいものは。それで、ほんとうに見つかるんだろうな」
淀川敬次と名乗った青年は細く鋭い目つきになった。宗助はにこやかな表情で、しかし内心ひやひやとしながらいった。
「なるほど。物騒なお探し物ですね」
「たしかに普通じゃねえわな。特殊っていうか」
「探し物はすべて、そのひとにとって特別なものです」
淀川の短く刈りそろえた金髪は、カフェの窓から射し込む日光に照らされて輝いていた。
「兄貴から預かった、大事なもんだからよ、あれは。もしハジキが出てこないとなったら……。タダじゃ済まされねえ」
ところで、と宗助はおずおずと切り出す。
「金額はいくらでしたか」
「ああ?」
語尾の上がった、威圧するような例の口調で淀川が口をゆがめた。
僕の報酬のシステムはですね、と、宗助いつもの説明をした。
「つまり、ハジキがいくらしたか、ってことか」
「ええ。そのとおりです」
「正確には分からんが、だいたい五〇万くらいかな」
翌日、宗助が森へ向かうときに、紫色の蝶がいた。
はじめに『失せ物の森』へたどりついたときも、蝶が宗助を導いてくれた。
会いたい、と思う日にはなかなか現れず、忘れたくらいのときに、不意打ちのように木陰からひらひらとやってくるのが、紫色の蝶だった。光を反射する翅には血管のような黒い筋が走り、筋は翅の輪郭をつよく縁取っていた。その輪郭によって蝶の姿は、緑色の茂みや木々にくっきりと浮かびあがった。
蝶の軽やかな所作に吸い寄せられるように歩いていくと、いつしか空気は湿り、やがて苔と沼のにおいが鼻につきはじめる。
そこが『失せ物の森』だ。
蝶は自分から逃げているのか、あるいは自分を導いているのか、宗助には分からなかった。
蝶はなにかを失ったのだろうか。それを探してもらおうと、訴えているのだろうか。
こんなちいさな、木の葉のように軽い蝶が、いったいなにを所有できるというのか。
そんな想いが立ちあがりかけると、宗助は頭をふって頬をはたいた。
『淀川敬次』の木の枝には、拳銃がかかっていた。枝がちょうど二股に分かれているあたりに載っていたのだが、なかなか重量があるらしく、枝は厄介な荷物を押し付けられた腕のようにしなっていた。
拳銃はリボルバー式のものだった。
宗助の気持ちが沈んでいたこともあり、拳銃をつかんだ瞬間、肩が抜けてしまうような重さを感じた。
それでもしばらくグリップを握っていると、次第に呼吸が鎮まり、なんとか持って帰れそうな気がしてきた。
そのとき、紫色の蝶がぬるい風の中を音もたてずに舞ってきた。
宗助は沼の上を舞う蝶のあとを追った。
蝶が暗い森を懸命に飛ぶのを見ていると、なぜか妹のことが宗助の意識に浮かんだ。
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