第一章「シンとアル、その出会い その2」

 また目を覚ました。

 今度は、見慣れない天井だった。

 しかし、材質は無機質なコンクリートではなく、温かみのある木材が使われており、和室に寝そべった時に日本人の多くが感じる懐かしさを感じさせる空間であった。

 また俺は死ねなかったのか…、と自分の悪運にうんざりしつつ体を起こそうとしたとき、自分の左手側に見知らぬ少女が正座をしてこちらを見ていることに気づいた。

 それに呼応するように、その少女は俺の方を向き安心したような微笑みを見せる。

「よかった。意識はしっかり戻られたようですね」

「えーっと…ここは…?俺、犬に食い荒らされて、それから…」


 今の状況を理解していない俺は、自分の聞きたいこともまとまらないままにこちらを見つめる少女に話しかけた。

 少女は慌てたように両手を顔の前であわあわさせると、キッと自分に向き直り、言葉を選びながら懸命に事の顛末を話し始めた。

「えーっと、まずは何から説明すれば…。と、とりあえず私の名前から…。私は、『アル』といいます。ここは『タケダ』という小さな村で、私と父が近くの森を散策してるときにあなたが魔物に襲われているのを見かけて…。酷いケガを負っていたので、すぐに私のを使って回復させて、それでここまで運んできたんです」

「お、おう。助けてくれた…のか。あ、ありがとう」


 いくつか聞き慣れない単語が出てきたが、命を助けてくれた恩人には変わりないので、ひとまず感謝の念を伝えつつ、今の状況をもう一度振り返ってみることにした。

 前の世界で自殺に成功して、気が付いたら周りは見知らぬ世界で、狂犬に襲われて所を美少女に助けられて…。

 たしか、アルと名乗っていたその少女はまあ早い話、絵にかいたような美少女だった。肩までかかるほどの髪は優しく柔らかい印象を与えるパステルピンクであり、こちらを見つめるエメラルドのような緑の瞳は優しさと同時に大胆さと真っ直ぐ差を秘めているように感じさせた。

 多分、俺は異世界に転生してしまったのだろう。そう考えるのが、一番この状況を説明しやすい。

 しかし、まだまだ分からないことは多い。


 この世界について何も知らないので、アルに説明を求めようとしたところ、アルの方が先に自分に疑問をぶつけてきた。

「ところで、あなたはどうしてこんな辺境の森の中にいたのですか?この村、王都まで結構距離がありますし、ここに来るメリットもありません…。第一、最近は人の手が入っていない森や山の方なんかは魔物が増え始めてるので、一人で森の中を散策するなんて相当の腕っぷしが無いと本当に無謀ですよ?」

「あーっと、俺は…」

 ここで、自分の脳裏に二つの選択肢が思い浮かぶ。

1.素直に自分が別世界からやってきたかもしれないことを伝える

2.適当にごまかす

 どう考えたって前者の方がいいが、そんな珍妙なことどうやって上手く説明すればいいんだ…。第一、信じてくれるとは思えないし…。


 ええいままよ!

 そう決断した俺は、気づいたらあの森の中にいたこと、その前は別の世界で暮らしていたこと(自殺したことは伏せておいた)、それによってこの世界の実情を何もつかめていないことを伝えた。

 別世界なのに言語が通じることだけが唯一の救いだった。

「あ、それと俺の名前も言っておいた方がいいよな。俺は『シン』。まあ、呼びたいように呼んでくれればいいんだけど」

「シンさんですね!それで…あなたの置かれている状況、理解しました。実はあなた以外にもここ最近別世界からやって来たとおっしゃる方がちらほらと増え始めているという噂が立ってて…。今やこの世界の希望となっているもここではないどこかからやって来たとかなんとか…」

「え、俺以外にもいるの?それと、勇者ってのは…?」

「あ、そうですね。まずはこの世界が今置かれている状況を説明しましょう!」


 そう言ってアルはなぜか嬉々として、身振り手振りを交えながら割と大げさにこの世界について解説をしてくれた。

 たびたび気になるところに質問を入れつつ行われた説明会の内容は、ざっとこんな感じだ。


 元の俺の世界では、現代においてはすべての大陸や島々はすでに人の足が踏み入っており世界地図なども存在するが、この世界で分かっていることは今俺たちが立っているこの大陸『アーシェドナム』の範囲だけなのだそうだ。

 今アルが暮らしているこの村は『タケダ』(村の名前が生前の上司の名字と一緒でちょっと面食らった)。その周りを取り囲むように森が広がっており、森に住む動物を狩猟したり、木の実などの植物を収集して生活しているようだ。

 そんな平和な暮らしを長らく享受していたのだが、数年前のとある事件により事態は一転した。

 大昔に勇者と賢者によって封印された魔族の長『魔王』の封印が何者かによって解かれ、人間の住処への侵攻が始まったのである。

 この世界には人間とは異なる種である『魔族』が存在し、大昔から人間との対立が起こっていた。勇者と賢者の魔王封印により人間対魔族の確執は終わり、魔族はアーシェドナム大陸の外側に居住権を移したのだが、魔王の封印解除により魔族と人類間の争いが再開してしまった。

 今やそこかしこに魔物を見つけることなど珍しいことではなくなり、人類の生活はかなり脅かされている状況のようだ。

 また、原因はよくわかっていないが、魔王封印解除が起こった時期からを使えるようになったという人がちらほら現れ始めたらしい(アルもある日から突然『回復』の魔法が使えるようになったようだ)。魔法に限らず、突然与えられた特殊な能力のことを『祝福』というらしい。


「なるほど、今この世界がどういう状況なのかは把握できた。それで、俺と似たような境遇のやつがいるっていうのは…?」

「それが、魔王による侵攻が盛んになってきたころから突然別世界から転移してきたって主張する人が現れ始めて…。その人たちに共通することがあって、全員強力な『祝福』を持っているんです。」

「そういう転生者の中に『勇者』って呼ばれてるやつがいる…と」

「そうです!勇者様は祝福を与えられている人たちの中でも特にその強さが抜きんでていて…」


 アルの親切な説明により、容易にこの世界について理解できた。

 要はRPGの世界の王道的な状況に置かれているようだ。

 しかし、今の転生者についての説明を振り返ってみると、ひとつ疑問に思うことがあった。

 それは、ということだ。

 狂犬のような魔物に襲われたとき、自分の中に戦闘に使えるような特殊な能力が芽生えているような感覚は無かった。

 いや、前提からおかしいのかもしれない。

 俺は、のか…?

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