第一章「シンとアル、その出会い その4」
「Aちゃん、ずっと前から好きでした!」
「え…、
当時は若かった。無邪気だった。
そして、この世界のことを何も知らなかった。
このときからだろうか。陰気な考えになり始めたのは…。
俺が小学校3年生のころ。
Aちゃんは、俺の初恋の相手だ。アルに性格が似ている、元気で、みんなにやさしい子。
俺はその子のことが好きだった。
想いだけが先行して、こうして告白した。今じゃ考えられない行動力だ。
告白の返事は後日に保留ということになったが、返事が返ってくるよりも周りの同級生が騒ぎ出すのが先だった。
さすがの当時の俺でも告白の常套手段くらいは知っていたので、一通りが少ない校舎裏に彼女を呼び出したつもりだったのだが、どうやらたまたま誰かが告白の現場を目にしてしまったようだ。
そこからしばらく、友達や誰だか知らない野次馬からいじられることになってしまったが、それはまだ予想できた苦痛だった。
しかし、最も辛かったのは、Aちゃんにはちゃんと別に好きな人がいた、ということだ。
Aちゃんは、みんなにやさしかった。
そんな健気なAちゃんに、惹かれた。
だが、彼女には明確に想いを伝えたい相手、異性がいたのだ。
俺の勝手な勘違いで、Aちゃんはきっと俺のことが好きなんだという浅はかな考えだけで、俺は彼女のことを好きになってしまった。
きっと、彼女は俺が傷つくことを避けようと、曖昧な返事で保留したのだろう。
それはAちゃんの優しさからくるもの。
俺は、自分の好きな相手に気を遣わせてしまった。自分が好きになったその優しさを、最悪の形で利用してしまった。酷な選択を迫ってしまった。
小学三年生で体験するにはあまりにも重い失恋だった。
もっと成熟しているときだったら、そこまで落ち込まなかっただろう。
自分の勘違いで好きな女の子を、友達を傷つけてしまう。自分の身勝手な妄想で、彼女を自分のもののように認知してしまっていた。
この件は、俺の心に言いようのない溝を作った。
俺は笑い話にはできなかった。
誰も悪くないんだ。
ただ、俺が悪い。
Aちゃんの、彼女の外側しか見ていなかった。
内なる心の奥を見ることもなく…。
俺が後先も考えずに無鉄砲に突っ込んでしまったから…。
俺は…!
「…シンさん?」
「ん…」
暗幕からフェードインして見えてきたのは、俺をのぞき込むアルの端正な顔だった。
「大丈夫ですか、シンさん?かなりうなされてましたよ?」
「ああ…。大丈夫。昔から寝言は多い方だったから」
これは本当のことだった。
といっても、うなされることが多くなったのは中学生の時、なにかと多感な時期からだったか。悪夢をよく見るようになったからだ。
よく一緒の部屋で寝ていた妹には「うるさい」と注意されたものだ。
そんなこと言われても、どうにもできない生理反応だからなあ…、とちょっと悲しくなったのを覚えている。
心配してくれるアルを安心させようと、作り笑いを浮かべてみる。
笑い慣れてないから歪な表情になっていないか少し心配だ。
「…不安なんですか?」
「え?」
「いきなりこんな世界に飛ばされて、それでも何とかして生きていかなくちゃいけない。でも、これからどうすればいいかもわからない。そんな状況、私だったら正直不安で心がどうにかなっちゃうかもしれないです。…だから、シンさんもきっと今気持ちが暗くなってるんじゃないか、なんて思ったり。私の浅い推理ですが…」
アルはそう言って、俺の頭を軽くなでる。
ああ…、なんて良い子なんだ。
「ふ、ふふっ」
アルは、俺がうなされているのを聞いて、拡大解釈じみた考察をしてくれた。アルなりに、いろいろ一生懸命に考えて俺を心配してくれている。
それがなんだかおかしくて、ついつい笑ってしまった。
「ちょ、ちょっと!なんで笑うんですか!?私は心配してるんですよ!」
「くくっ、くははははっ」
「も、もう…。元気そうだから、良いんですけど」
そうだ。俺はもう過去にとらわれる必要はない。
この世界には、過去の俺を知る人間は一人もいない。過去とは、転生と同時にきれいさっぱり分断されたのだ。
そう考えると、これからは悪夢を見る回数も減るかもしれないな、と思うのだった。
あの後、アルにタケダ村について色々案内してもらった。
この村の総人口は50人くらいで、そのほとんどが自給自足で生活しているため、食料を売買できるお店は存在していないようだった。
あるとすれ農業や狩猟の道具なんかを扱う道具屋くらいでものであり、売買に使われる資本はお金ではなく、野菜や畜産物を使った物々交換が主流のようだ。
敷地の広さは、一時間ちょっとで村の外周を一周できる程度であり、その半分以上が農場や家畜の飼育場で占められていた。
医者はいないが、今はアルの回復魔法があるので特に困ってはいないらしい。
と、なんとも自由で牧歌的な生活である。
複雑化された社会の中で忙しなく生きていた現代人にとって、第二の人生としてこういうスローライフは丁度いいな、と思うのだった。
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