第一章「シンとアル、その出会い その3」

 人とは違う何かを持っている。それは、誰しもが焦がれ憧れるものだ。

 異世界に転生してきた人間はもれなく特殊な能力が特典として付いてくるだって?

 試しに自分の手のひらの上から火が出ることをイメージしてみる。

 しかし、何も起こらなかった。

「どうしたんですか?」

「!」

 俺がしばらく自分の手のひらを見つめているのが不思議だったのか、アルが俺の手のひらへ顔を近づけてきた。

 ち、近い…。

 しばらくこんなに懇意になってくれる女の子と触れ合わなかったことで免疫が落ちてしまったのか、少しどぎまぎしてしまう。

 しかし、いい大人がこんな年下の子に緊張してしまっては示しがつかないと自分を奮い立たせ、落ち着いた風に装って答える。


「い、いや、実は俺自分がどんな能力を持ってるのか見当もつかなくて…。自分の祝福って感覚的にわかるものなの?」

「感覚的に、ですか?ん~。思い出してみると、私が祝福を受けた当時、確かに自分の知らない何かが頭の中を渦巻いてる感覚があって、いつの間にか自分は回復の魔法を使えるんだってことを、当たり前のように認識し始めてたかもしれないです」

「やっぱり、祝福を認識できてないってことは、俺には特殊な能力は与えられたないってことになるのかな」

「そんなことないと思います!だって今まで転生者の人たちはみんな例外なく祝福を受けていたみたいですから…」

「そうか…」


 森の中で死にかけていた見ず知らずの俺を助け、傷が治るまで看ていてくれ、さらにはこうして何も知らない無知な人間に親切に対応してくれる。なんて優しい娘なんだ、と現実世界で感じることがなかった『人の温かさ』を感じ、心が満たされていくのを感じた。

 ああ、これが普通ってものなんだ。

 これが平和で、平穏だってこと。

 こんな気持ちでいられるなら別に祝福がどうとか、勇者がどうとかなんて関係ない。

 今は少しでも、この暖かさに身を委ねていたい_。


「アルー、お昼ごはんできたわよー」

「はーい」

「ん…?]


 扉越しにアルを呼ぶ女性の声が聞こえる。

 年の功を感じる包容力のあるその声から、容易にアルの母親であることは想像できた。

「今の声、アルのお母さんかな?」

「あ、はい!…といっても、実の母親じゃないんですけど…」

「あーっと…、なんかすまんな…」

「ああ!いえいえ!私全然気にしてませんよ!むしろ余計なこと言っちゃったかもしれないです!」


 アルは申し訳なさそうに頭をブンブンと振り回すように下げている。

 それにしても、おしとやかそうな見た目の印象とは裏腹にとても元気な子だ。

 小学生の頃のに似てるな…。いや、過去と照らし合わせるような真似はやめよう。

 陰鬱な過去とはきっぱり決別し、この異世界で新たな人生を始める。

 それでいいじゃないか。

 そうやって気持ちを新たにしていたので、アルがこちらをじっと見ていたことに気づくのが遅れてしまった。


「ん?アル、メシ食ってきなよ。俺はもう大丈夫だから」

「あれ、シンさんはご飯食べないんですか?」

「俺のぶん、あったりするのかな」

「確認するついでに一緒に行きましょ!ついでに元気になったことも報告しないと!」

 アルはそう言って俺の手を引っ張ってベッドから引っ張り出す。

 やれやれ、なんだか年の差がある妹を持った気分だな。


「あら、旅人さん目を覚ましたのね」

 扉を開けた先には、木製のテーブルの上にお皿を並べている女性がいた。

 おそらく、この人がアルの育ての親、といったところのなのだろうか。

 たしかに、見た目だけでいえば二人はあまり似ていなかった。

 アルの髪の色がピンクであるのに対し彼女のは黒に近いブラウンであるし、顔の骨格にも差がある。

 しかし、それにしても美人な人である。

 おそらく年齢は重ねているであろうに、肌の張りが10代のそれであるように見える。しかし、それと同時に年相応の女性の魅力がこれでもかと身体からあふれているのが目に見える。

 やはり異世界ってのは美男美女しかいないのだろうか…。

 この先の生活に一抹の不安がよぎる。


「はい!色々とおしゃべりもしちゃいました!」

「あ、この節はどうもありがとうございました。僕はシンといいます。えーと、自分この辺のことに疎くて、それで…」

「シンさん、別世界からやってきたらしいですよ!」

「まあ!あの噂の転生者とかいう…。それは大変だったわねえ」

「え、ああ、はい…」

 結構オープンに言っちゃっていいくらいにはこの世界では浸透してるんだな…。

「あ、お母さん。シンさんのぶんのお昼ご飯ってある?」

「一応多めに作っておいてよかったわ。今用意するから待っててね」

「すみません、何から何まで…」


 アルのお母さんが俺の分の昼食を盛ってくれている間に、アルが軽くこの家族のことについて話してくれた。

 まず、母親であるマアムさん、今は外出中の父ファーザさんと里子であるアルの三人で暮らしている。

 里子と言ったことからもわかるように、アルはそもそもこの村の出身ではないらしい。

 タケダ村の近くにある王都の孤児院で幼いころを過ごしていたアルを、マアムさんが引き取り、こうして今に至る。

 物心ついたころには孤児院にいたため、マアムさんたちとは本当の家族の関係といってもいいかもしれない。

 話題が話題だけに、深く掘り下げるのはよそうと思っていたが、アルの顔をふと見ると平気そうに話していた。

 ただただ俺の杞憂だっただけで、本人にとってはそこまで悪い過去じゃなかったのかもしれない。

 きっと今がとても幸せなんだろう。


 数分すると食事の準備ももう終わっていたので、三人でテーブルを囲み昼飯を食べた。

 食材には知らない動物の肉や植物が使われているのだろうが、初めての異世界での食事はただただ美味しかった。

 強いて言えば、やはりお米が恋しくなるだろう、ということくらいだ。

 久しぶりにこうして誰かと食卓をともにして感じるのは、やはり誰かと一緒に食べる方が美味しく感じる、ということだ。

 なんだか今日一日だけで、現実世界の一年分ほどの幸福を味わっている気がする。


 食事を終えたところで、今後どうするのかを何も考えていなかったことに気づいた。

 もう傷も完治しており自由に動けるとはいえ、転生したてで右も左もわからない状態である。

 死んだら無に帰るものだと思っていたから、第二の人生の展望なんてものも、正直言って無い。

 とりあえず、アル一家の厚意に甘えて長居するのもよくないだろうから家を出てから考えようとした矢先、マアムさんに声をかけられる。


「ところで、シンはこれからどうするんだい?転生したばっかりで何もわからないでしょう」

「まあ正直行くアテも無いですね…」

「シン、それじゃあウチで暮らしなさい」

「え…、いいんですか?俺なんかが…」

「もちろんよ。世界はこんな状況だし放っておけないわ。それで構わないわよね、アル?」

「はい!大歓迎ですよ!」

「アル、マアムさん…!」

 なんて、なんて暖かいんだ。

 これが生きているってことなんだな。

 こうして、異世界での第二の人生がスタートするのであった。

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