第二章「ハッピーで埋め尽くして その2」
陽の光が直に当たり、肌がひりつく時間帯になってきた。
都会のビルに囲まれて、真昼時に外を歩いていた当時のことを思い出すと、昼の日差しに良い印象はなかったように思うが、この世界ではなんだか心地よいもののように感じる。
スピリチュアルな言い方をするなら、自然とともに生きている、パワーをもらっていると言ったところだろうか。きっと、この村の住民の雰囲気も心地よさに拍車をかけている。
お昼ご飯を食べるため、アル宅まで戻るとマアムさんがスープを煮込んでいるところだった。
「んー、美味しそうな匂い。何作ってるの?」
「森で採れたキノコのスープだよ。あとで炊いたお米と一緒に食べようね」
異世界に来て懸念していたことの一つに、『食』の問題があったが、今のところ口に含むものはすべて自分の舌に合っていた。
そもそも、お米がこの世界にもある、というのが何よりの救いな気がする。
昼食が完成してランチタイムだ、というところでアルがまだ帰ってきていないことに気づいた。
「あれ、アルはまだ出かけてるのかな」
「ああ、アルは今日昼には帰ってこないよ。午後から『患者』が来るっていうんで、『病院』でお昼ご飯を食べてるだろうね」
アルは自身の回復のスキルを活かして医師のような仕事をしている。
おそらく、別の街から治してほしいという依頼が来たのだろう。
「シン、せっかくだし行ってみたらどうだい」
「え。それ、いいのかな…」
「アルが最も輝ける場所。それが人を助けられるあの場所なんだよ。アルもきっと、シンが来たら喜ぶよ。私が保証する」
「そっか…。じゃあ、興味あるし、行ってみようかな」
優しいアルに、優しい祝福。なんて素敵なめぐりあわせなんだろうか。
そういえば、この世界に来て初めての『祝福』を見れる場面だ。
いったいどんなものなんだろう。楽しみだ。
まだ見ぬファンタジーへの興味に比例するように、ご飯を口に運ぶペースが速まっていき、数分後にはお皿の上は綺麗になっていた。
「ごちそうさま。それじゃ、アルのとこ行ってくる!」
「ふふ、行ってらっしゃい」
アルの仕事場はたしか、家を出て北側だったよな…。
場所を思い出しながら、玄関の扉を開ける。
「おはよう、アル」
「あ、シンさん!」
お昼ご飯のおにぎりを食べていたアルは俺が来たことに気づくと、すぐに椅子ごと俺の方に向き直る。俺はそのまま、アルの正面の椅子に座った。
アルの仕事場、もとい診療所は本当に仕事をするためのスペースしか確保されていない。そのため、広さとしては十畳もないくらいだろうか。
来訪者を休ませるベッドが2つ、何かの書類や本が置いてある本棚、アルの作業机があるくらいの空間が目の前には広がっていた。
一般的な病院にあるはずのものがほとんど見当たらないことから、アルの能力の片鱗が見て取れた。
「今日は、どうしてここに?」
「ああ、アルが普段どんな感じで人助けをしてるのかなって、なんていうか、気になってさ」
「そんな、見てて楽しいものでもないですし、第一、私のスキルのおかげで仕事は一瞬で終わっちゃうし…」
「いや、アルがダメだっていうんなら俺は出るけど…」
「だ、ダメじゃないです!嫌でも、ないです…」
「そ、そっか…」
なんだか余計なことを言わせちゃったかな…。
少しの間、沈黙が流れる。
何か言わなきゃ、と思い沈黙を破ろうと口を開きかけたその時、扉が開く音がした。
「ここが、アルさんの診療所ですか?」
扉の前に立っていたのは、3人。そのうちの一人の女性がそう尋ねてきた。
女性の隣には頭一つ大きい背丈をした男が、まだあどけなさの残る年ごろの少年を抱えていた。この3人は家族なのだろう。
「あ、はい!私がアルです!どうぞ、こちらに座ってください」
「すみません、ありがとうございます」
「患者さんは息子さんですよね。どうぞ、こちらのベッドに寝かせてあげて下さい」
息子を抱えた父親はゆっくりとベッドへ子を寝かせた。
父親の顔をよく見ると、汗がべっとりとついており、少し顔つきが険しくなっていた。母親の方にもその特徴がみられたので、おそらく相当息子を心配してくれているのが見て取れた。
「それで、息子さんはどういった状況なんでしょうか?」
「む、息子が外で遊んでいるときに高いところから落ちたみたいで、それで…左半身が動かない状態になってしまったんです!お願いです。どうか、どうか息子を助けてください!」
アルの問いかけに、母親は頭を下げつつ答える。
「なるほど、わかりました。私に任せてください!」
そう言って立ち上がったアルは、そのままベッドに向かって行く。
その間、俺はアルを見ていることしかできなかったが、アルの表情はいつもとは違って眉根を寄せて真剣なものとなっていた。
ベッドのすぐ横まで行ったアルは、動かなくなったといわれている少年の左腕を持ち上げ、自分の顔に近づけていく。
少年は心配そうにアルの方を見つめていた。それに気づいたアルは、
「大丈夫。今からすぐに治りますから」
と、優しく元気づけていた。
持ち上げた左腕を自分の額に触れさせたまま、アルは祈るように膝を曲げ座り込んだ。それに呼応するように、両親の二人も胸の前で両手を合わせて祈るようにしてアルを見守る。
すると、アルの手元が緑色に発光しているように見えた。幻覚か、とも思ったがどうやらそうではないらしい。少年の両親二人も、驚いて目を見開いていた。
しかし俺たちは、次のアルの言葉で再び驚かされることとなる。
「はい、終わりましたよ。これでもう、今まで通り元気になりました!」
その言葉に反応するかのように、少年は左腕を動かそうとして…。果たして、見事に動いた。指を自在に曲げられるのを見て、少年は今にも泣きそうな顔になっていた。
間もなく、母親の方も泣き出し、父親は表情を変えまいと下唇を噛んでいた。
無事治療が終わった三人家族を玄関まで送っている間も、両親の感謝の言葉は続いていた。
父親の方は、せめてお金だけでも受け取ってもらえませんか、と言っていたがアルは「受け取れません」としきりに断っていた。アルは、本当に人助けのために自分の力を使っているのだった。
治療してもらった少年は、最後に恥ずかしそうにお辞儀をして、両親の背中に隠れていた。全く、羨ましいショタだ。こんな美人な子に助けてもらえるなんて。
先の三人家族が帰った後、せっかくの機会なのでアルの祝福について色々聞いてみることにした。さっきの治療で気にかかったところもあったのでそれも聞きたかったのだ。
「アルの能力っていわば『回復』なんだろ?発動条件とか、効果範囲とかあったりするのか?」
「そうですねえ…。基本的に私の祝福は、当人が死に至る前までは完治させることができます。どんな病気だって、傷だって完全に瞬時に治せます。でも、相手に直接触れないとダメなんです。離れてても発動できていれば、一番良かったんですけどねえ」
作り笑いを浮かべ、アルは続ける。
「それと、この能力、自分には使えないんです。だから、自分の体は気をつけて扱わないといけないんです!」
「なんというか…アルらしい能力なんだな」
「そ、そうですかね」
そう言ったアルの耳は少し赤くなっていた。
照れてるのか。なんというか、本当に健気でかわいい子なんだな…。
アルの能力は、確かに優しくて助けになるものだった。しかし、同時に何か恐ろしいものを感じざるを得なかった。
アルの祝福を上手く使えば、寿命が来るまで死ぬことがない、半不老不死の生活が全人類に保証された世界だって作れてしまう。
それに、世が世ならただ人を治療するための『道具』として利用されていた可能性だってある。
この祝福が彼女の手に渡り、この世界の人類同士が不思議なほど平和だから、まだ良かったのだ。
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