第二章「ハッピーで埋め尽くして その1」
異世界は当然元の世界に比べると、技術面では進歩していない。
しかし、人間の営みとしての面を見れば、元の世界よりも豊かなように感じる。
大国同士の争いもないようだし、隣人や村人同士の結びつきも強い(ごろつきや山賊はいるようだが)。
アーシェドナム大陸自体が広いとは言えないため、結びつきが強くなるのも自然といえば自然なのだが、それを加味したってこの世界は平和だ。
特に都会の空気に慣れていた俺にとっては、この世界の暖かさはありもしないノスタルジーを感じさせ、俺の心を溶かしてくれた。
この世界にも時計は存在する。
といっても、電気的な機構で動いているのではなく、この世界独特の素材や魔力を使ったものであるようだ。『時』を司る祝福者がこのあたりの分野を統べているらしい。
現実世界でいうところの午前八時に起床するのが、アル一家のルーティーンであった。
「シン、おはよう」
朝食の準備をしていたマアムさんが、朝の挨拶をしてくれる。
「おはよう、アルは洗濯?」
「そうよ。さ、シンはこれから畑仕事をするんだから、朝ご飯先に食べ始めてな」
俺は、マアムさんとくだけた会話ができるくらいまでには、この家庭に打ち解けていた。
ちなみに、アルはすべての人に対して敬語を使うが、どうしてもこのクセは抜けないらしい。
アル一家には、父親のような存在はいない。
代わりに、アルは村民たち全員から可愛がられており、いわば村人全員の娘といえた。
マアムさんも存外この生活が気に入っているようで、結婚願望はとうの昔に消えてしまったらしい。
村の愛され者、アルは基本的に回復の祝福を生かした町医者のような役割を担っている。
アルの回復スキルはかなり強力なようで、うわさを聞きつけたとある家族が、重い病気の子供を治そうと遠路はるばるやって来たこともあるようだ。
一方、俺は特に何の取柄もなければ、前世ではデスクワークがほとんどだったので、体力にも自信がない。
しかし、何もしないわけにはいかないので、午前中は近所のおじさんの畑仕事を手伝っていた。
「おーい、シン、これを蔵まで持って行ってくれ」
「あ、任せてください」
「返事がベリグゥやんなあ」
ベリグゥというのは畑のおじさんの口癖だった(ベリグゥって多分英語だと思うんだが、この世界に英語とかいう言語はあるのか…?という疑問は胸の内に秘めたおいた)。
本当はおじさんには『ハタ』という名前があるのだが、心の中で密かに『ベリグゥおじさん』と呼んでいるのは内緒だ。
「それにしてもシン、転生者なのに祝福を持ってないなんて、本当なんかい?」
「俺も信じたくないですけど、その可能性が高そうですね…」
「んー、ワッシが思うに、あんたの祝福、もしかすると条件で発生するタイプなのかもしれんよのう。例えば、自分がダメージを受けたら、その分与えた相手にも同じダメージが入る、みてえな…。たしかそういうタイプの祝福者がおった気がするんやが…」
「条件で発生する…か」
確かに、それは考えてなかったな。
何かしら発動するためのスイッチがあって、それがオンにならないとそもそも発動しない…。それなら、今まで何も起こってないことにも得心がいく。
「ま、本当にあんたは祝福をもらってないアンラッキーボーイなんかもしれんけどな」
「ちょ、冗談でも普通に傷つきますって!」
悲痛に訴える俺を見て、おじさんはガハガハと笑った。
新たな日常を迎える俺を歓迎するかのように、雲に遮られることなく日差しが俺を照らしてきた。雲一つない、快晴だった。
体力があまりないことを事前に伝えておいたので、程よく休憩をはさみながら仕事を手伝わせてもらっていた(なんというホワイトな環境だろうか)。
農業の面ではそこまで現世と変わらないだろうと高を括っていたが、予想をさらに上回るほどこちらの方がかなり作業が楽そうだった。
水やりは自分たちでやることもできるが、『水』の魔法の力が入ったアイテムを使用することで広範囲の作物に容易に水やりをすることもできる。
また、土の管理も『土』の魔法により栄養を簡単に与えることができるため、管理も簡単そうだった。
ただ、この村で祝福を持っているのはアル一人のため、必要な種類の魔法アイテムは栄えた街に買い出しに行ったりして入手しているようだ。
そんなに頻繁に大量にアイテムは買えないため、こうして人力でできる仕事は最大限人間がやる。というふうにするのがハタおじさん流のようだった。
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