第二章「ハッピーで埋め尽くして その7」

「ん…、ア…ル…。アル!?」

 どのくらい時間が経ったのだろう。

 目を覚ました俺は、おもむろに周囲を見渡す。

 しかし、そこに広がっているのは、閑散とした森の風景のみ。

 さっきのアレはなんだったんだ。夢であるなら、それに越したことは無い。

 が、その希望はすぐさま打ち砕かれることとなる。

 急いでいて気付かなかった。

 俺は、誰かに抱きしめられたまま、寝ていた。

 背中には、温かく柔らかい人肌の感触が伝わってくる。


「シン…さん…」

「ア、アル…なのか…!?」

 よかった、アルは無事だったんだ。そして、俺も。

 ははは…。しかし、俺の空元気は、長くは続かなかった。

 自分の足元には、血だまりができていた。

 それが俺の血ではないことは、自分の体に一切傷跡が残ってないことから明白だった。

 これは、アルの、血だ。

 あれ…。アルって、自分の傷って治せたっけ?

 は…。

「シンさん…。生きて…ますか…?」

「ア、アル!もうしゃべるな!俺は…大丈夫だから!」

「ふふ…。ごめん…なさい…。もう、何も見え…なくて…」

「ア、アルッ!すぐ、助け…を…。あ…」


 後ろを振り向いた瞬間、俺は言葉を失った。

 これは、本当に…アルなのか…?

 こんな、むごい…。ちがう、アルは、もっと…。

 あれ…?アルは…?アル、どこだ?早く出てきてくれ。隠れてるんだろ?俺に、元気な姿を見せてくれ。

「シ…ンさん…。私の…回復…間に、合ったんですね…」

「ア…ル…?なんで、俺は生きてんだよ…。なんで、アルはこんな状態なんだよ…」

「よかった…。あなただけでも、生きていて…」

「ちがう!よくないんだよ!俺は…死んだんだ。そう、死んだ!それで、アルだけでも逃げることに成功して…」

「…。シン…。生き…て…」

「っ!アル!死ぬなよっ!俺を置いて行かないでくれ!アル!なんで…」

「……き…て…」

「なんでアルなんだよ!なんで…。ア…ル…?アル…。俺は…」

「生き…て…。シン…」

「アル?アル!は…?」


 声を、聞かせてくれ…。あの、優しい声を。俺の心を囲う結晶を溶かす、お前のその暖かな声を…。

 何度呼び掛けても、もう反応は返ってこなかった。アルは死んだ。

 死んだんだよ、もう。

 死ん…だ…?俺は、生きてるのに?

 俺、アルに何もしてやれてないのに?

 アルに、まだお礼もできてないのに?

 アルに、まだ想いも伝えられてないのに?

 誰だよ…。

 誰なんだよ…。

 アルを、殺したの…。

 殺す…。

 俺が、殺さなきゃ…。


 アル…。待っててくれ…。

 俺、生きるからさ…。

 だから、待っててくれ…。

 俺が、死ぬまで…。

 俺が、もう死んでいいって思うそのときまで…。


 かつてアルだったそれを、俺は背負った。

 そして、もはや意思疎通をすることさえできないそれを、背負ったまま歩く。

 村へ帰ろう。

 帰ったら、弔ってあげよう。

 村の、みんなで。

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