第二章「ハッピーで埋め尽くして その8」
もう俺に話しかけてくれることはない、かつてアルだったものを背負い、俺はマアムさんの待つ家へと帰った。
時刻は夕暮れ時。ちょうど、マアムさんが家にいるときだったようで、俺の背中で眠っているそれを見て、マアムさんは顔を曇らせた。
「アルが…死んだよ。すぐに、弔ってやりたいんだけど。マアムさん、俺、この世界の葬儀がどんなのか、知らないからさ…」
「え…?シン、何を言って…?」
「死んだんだよ。アルは…」
「アルが…死ん…だ…?なんで…?どういうことなの、シン!?」
「殺されたんだよ。魔族に」
「殺され…た…?」
マアムさんは俺の説明に納得がいってないようだ。無理もない。
でも、これ以上俺の口から何か気の利いたことなど、言えるはずがなかった。
もう一歩でもアルに関することを口にしてしまったら、アルがいたあの頃を思い出してしまいそうだったからだ。そうなったら、俺の中の何かが瓦解しそうで怖かった。
俺はできるだけアルの顔を見ないように、彼女をソファに寝かしつけた。
すぐにマアムさんはアルのもとへ駆け寄り、彼女に触れた。
そして、泣き始めた。きっと、アルが死んだことを、直接触れることで確信したんだろう。
もう、今の彼女に、前のような温かみはない。
俺は振り返ることなく、自分の部屋に戻り、そのまま眠りについた。
できれば、このまま目が覚めてくれるな、と願いつつ。
アルの葬儀は、村長指導の下、村民全員参加で行われた。
場所は、白い花が一面に咲いた、あの風光明媚な墓所。
アルに紹介してもらったときは、まさかすぐに再びここを訪れることになるとは、思ってもみなかった。
葬儀の内容は、あまり覚えていない。
ただ、特筆すべき目立った儀式みたいなものがなかったことは覚えている。
葬儀の後半に、アルの遺体を埋める行程があったが、俺はその場面を直視することができず、全く別の方向を見ていた。
すると偶然、視界の先に村長がいることに気づいた。
アルは村人たちから非常に愛されていたため、葬儀の最中、ほとんどの村民は涙を流していた。
しかし、この村長はちがった。
普通の人間が、親しかった人間の死に浮かべる表情は、悲しみであふれているものだ。
が、村長の表情からは、悲しみのほかに何か別の感情を含んだ複雑な表情を浮かべていたのだ。
そして、以前から感じていた村長の言動に対する違和感。
この複数の不可解なものの正体を確かめるため、俺はアルの葬儀の後、村長に話を聞きに行くことに決めた。
「村長、葬儀が終わった直後で申し訳ないのですが、少しお話があるのですが」
葬儀が終わり、皆がひとまずこの森から出ようとぞろぞろと歩いていたところで村長を捕まえ、俺は村長と一対一で話せる状況を作った。
呼び止められた村長は、俺の顔を見るなり、あからさまに狼狽した様子だった。
「な、なんじゃ。えーと、君の名前は、たしか…」
「シンです。アルとは親しくさせてもらっていました」
「おう、そうじゃったな。しかし、今回の事件は本当に痛ましく…」
「単刀直入に言います。村長、俺たちになにか隠していることがあるんじゃないですか」
村長は、脂汗を浮かべ始めた。そして同時に、助けを求める子犬のような、手を差し伸べてくれる人を待っているような表情をした。
知られたら都合が悪いけれど、自分一人で抱え込むことができない問題を抱えている。そんな風に読み取れた。
「アルが誰によって殺されたのか。村長、あなたはどうお考えですか?」
「そ、それは…魔族に決まっておるだろう!村の者が、あの子を殺すはずがないのじゃから」
「そうですよね。やっぱり、魔族の仕業に違いない。俺もそう考えてます。でも…」
村長は魔除けの箱を使っていましたよね?
そう、俺とアルが初めて一緒に森へ行ったとき、村長は勇者一行からもらったという『魔除けの箱』を見せてきた。
周囲十キロにも渡って効果があるというその結界は、確実に俺とアルの行動範囲には入っていたはずだ。
それにもかかわらず、魔族が俺たちを攻撃してきた。
これを違和感と言わずして、何と言おうか。
「村長、魔除けの箱があるのに、アルが魔族に殺されたと言うのはおかしいですよね?」
「ち、違う!わしじゃない!わしは、殺してないんじゃ!」
村長は、明らかに動揺していた。
俺が箱のことを口にした瞬間から、村長は逃げ場を失ったネズミのように顔を凍りつかせていた。
「だれも村長がアルを殺したなんて、言ってませんよ?」
「いや、わしは…。殺したのか…?アルちゃんを…」
「………」
「わしは…。いや、じゃが、村民を守るためには…」
「おい、はっきり言えよ!お前がアルを殺したのか!?白状しろよ!」
弱気になっているこの事件の当事者に腹が立ってきて、いよいよ俺はこいつの襟元を掴み上げ、激昂する。
「お前…魔族なんだろ」
「…は?」
「いつからだ。村長に成り代わって、アルを殺そうとしていたんだろ。アルの祝福は、魔族側からしたら厄介だろうからな」
アルの祝福は、回復の面において非常に脅威ともいえるほどの強さだ。
それに目を付けた魔族が、早いうちから芽を摘んでおこうとすることは大いに考えられる。
村長に成り代わってアルを殺せば、波風を立てずに人間側の脅威を消すことができる。何も知らない村民からすれば、反撃の余地がない。
「そうだ…。お前がアルの仇。お前さえ、殺せば…」
「ひ、ひいっ!お、落ち着くんじゃ!わしの、わしの話を聞けえ!」
「黙れ!お前なんて、死んじまえよ!」
「シン!やめて!」
俺がこぶしを振り下ろそうとしたその時、間の悪いことに誰かが俺を制止させた。
誰だよ、邪魔すんのは…。
「シン、冷静になりな!あんた、アルがいなくなってからなんだかおかしいよ…」
「マ、マアムさん…」
俺を止めたのは他でもない、マアムさんだった。
なんで止めるんだ?このジジイは、マアムさんにとっても、恨むべき相手なんだぞ?
「シン、村長が魔族なわけないでしょう!だって、村長は魔除けの箱を使ってくれてたんだから」
「…あ?」
「村長は、村の皆に魔除けの箱を見せてくれたの。だから、私たちも森が安全だってことは知ってた。魔族であるはずの人間が、魔除けの箱なんて持ってこれるわけないでしょう?」
マアムさんは、あくまで村長の肩を持つようだ。
たしかに、魔族が魔除けの箱を持っているなんて状況は普通に考えておかしいことだ。
しかし、その箱が本物だったらの話だ。
「マアムさん、あの箱は本物なんかじゃないんだ」
そう、あの箱は偽物。村長は勇者一行の賢者からいただいたものだと言っていた。
「勇者たちは、もうこの大陸にはいないんだぞ!連絡も取れない相手から、どうやって直接魔除けの箱を譲ってもらうんだよ!」
_しかし、今勇者がアーシェドナムにいないからか、依頼されるクエストも増えつつあるよなあ_
アルと王都へ行ったとき、勇者がこの大陸へいない話を確かにしていた。
だが、村長は勇者一行からもらったと言っていた。
これは、明らかに矛盾している。
「村長…?」
「マアムさん、これで分かっただろ?このジジイが、俺たちの仇だって…」
「そうじゃ。ワシは、悪魔じゃ」
認めたな、ついに。
しかし、次に続く村長の言葉を聞いて、俺は構えていたこぶしを下ろさざるを得なかった。
「ワシは、悪魔なんじゃ。シン君の気が済むまで、斬るなり焼くなり好きにしてもらっても構わない。しかし、真実を知ってからじゃ」
少しの間を開けて、村長は再び口を開く。
「なぜこんな悲劇が起こってしまったのか。今日に至るまでの経緯を、話させてもらおう」
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