第二章「ハッピーで埋め尽くして その4」
時刻は昼前。
俺とアルは、王都に来ていた。
そう、デートである。…デートなんだよな?
アルが言うには、「王都について口で説明するより、実際に行ってみた方が絶対いいですよね!ということで、明日行きましょう!」ということらしいので、デートとみて間違いないだろう。うん。
王都『オルデナム』。
このアーシェドナム大陸の中枢を担う場所で、政治や金融、学問、宗教などのほとんどがここを中心としている。
アーシェドナムの政治は、『王』という存在はいるものの基本的には民主制らしい。最も大きい権力を持つのは王族ということらしいが、今まで一度も独裁は起こっていないようだ。王族の血族は温厚だということらしいが…。人間の悪い部分が見えないのはなぜだか怖く感じるな。
タケダ村から王都までは馬車を使って片道3時間程度の距離だ。
タケダ村は周囲を森に囲まれており、交通網の整備も若干しか行われていないため、王都へ向かう馬車は一日に二回しか動かされない。朝と夕方の二回だ。
都会の生活に慣れてしまった俺からすれば、交通機関が一日に二回しか使えないというのは不安でしかないが、現地の人間からすれば今の状況で十分満足だという。まあ確かに、逆に使える時間が限られているからこそスケジュールを事前に管理しやすい、というのはあるのかもしれない。
俺とアルは朝の便の馬車に乗せてもらい、王都まで来ていた。
俺はここからの生涯をタケダ村で過ごすものだと決めつけていたのだが、アーシェドナムの人間からすれば、オルデナムは無くてはならない存在らしいので、俺もある程度の知識は持っておかなくてはならない。これからどっかで必要になる可能性も当然あるわけだし。
「あの中央に見えるのが、オルデナムのお城です。王族の邸宅である他に、政治と金融はあそこで管理してるらしいですよ」
「ほーん」
王都オルデナムは、中心に城を置いてそこから同心円状に街が構成されている。
慣れていない俺にとっては、まるで迷路のような道を歩きながら道行く人々を見ていると、一つ気づいたことがあった。
どうやら、この世界にはエルフやドワーフといった、人間と共存する異種族は存在しないようだ。
完全に人間のみで構成された集団。まあ、言ってしまえばドラクエのような世界観のようだ。
「お腹もすいてきましたし、そろそろレストランに行きませんか?」
「そうするか。…といっても、俺何にも知らないから、アルの好きな場所に連れて行ってよ」
「んー、私もあまり知らないんですけど、せっかくなのでオルデナム随一の酒場にでも行ってみましょうか!」
酒場か…。なんだか、ほんとにファンタジーっぽいな。
生前はあまりアルコールを飲む方ではなかったが、せっかくの機会なので今日はいろいろ飲んでみよう、と思いつつ俺とアルは酒場へ向かった。
この世界にはやはりというべきか、ギルドというものが存在する。
特に魔族の侵攻が激化してきたころからは、冒険者ギルドが多く結成され、報酬欲しさに様々な人が徒党を組み始めたらしい。
そんな冒険者ギルド御用達の酒場というのが、ここ『ユーフォリア』。
昼飯時というのもあってか店内はほぼ満席の状態で、そこかしこから愉快な声が飛び交っていた。
「席、空いててよかったですね」
「ああ、そうだな。ところで、アルは何注文するんだ。未成年だからアルコールは飲めないだろうし…」
「え?私、17歳なのでもうお酒は飲めますよ?まあ、お祝い事以外ではあまり飲まないのですが…」
「ん、ああ、ここ日本じゃなかったわ…」
アルに詳しく聞いてみると、アーシェドナムでは16歳から成人として迎えられ、アルコールもそこから解禁されるようだ。
アルも俺と同様お酒をあまり飲まないことが判明したので、両者度数低めの軽いものを注文した。
メニュー表を見ると、『ユーフォリア特製ソースを添えた竜肉ステーキ』というのが目を引いたので、俺はそれを注文した。アルはパスタのような麵料理を頼んでいた。
「美味しかったですね!」
「竜の肉、筋肉があるせいか噛み応えがあって美味かった」
「あ、すみません。ここを出る前にお手洗いに行ってもいいですか?昼からも歩きますから…」
「ああ、行ってこい。ここで座って待ってるわ」
そう言ってアルは席を立った。
昔、アルと同じことを言って会計せずに逃げて行ったやつがいたな…と辛いことを思い出しつつ、アルが返ってくるまでの間、美食を食べた後の余韻に浸ることにした。
「さっきの洞窟探索、マジで危なかったな~」
「ああ、ユキの魔法が無ければ確実に全滅だった」
「ウチの回復力じゃ、全員を面倒見切れないしねえ」
アルがお手洗いに席を立ってから、手持無沙汰だったところに隣の席での会話が耳に入って来た。どうやら4人組で冒険者ギルドでもやっているようだ。
「しかし、今勇者がアーシェドナムにいないからか、依頼されるクエストも増えつつあるよなあ」
「そうだな。魔族からの攻撃も強さを増す一方だというし、勇者には早めに帰ってきてほしいものだが…」
「でもさ、勇者一行がさくっと魔王を倒してくれば済む話なんでしょ?勇者一行に匹敵するギルドなんていないし、マジ勇者頼みって感じだよね~」
なるほど、今勇者一行は魔族の本元を倒すために大陸を出ているのか。
…ん?勇者はもう、この大陸にはいない…?
なにか、ひっかかるな。こいつらの会話から察するに、勇者はここを出てしばらくは経っているはずだから…。
「お待たせしましたーってあれ?シンさん、どうしたんですかそんな深刻な顔して」
「あ…、いや、なんでもない。それじゃ、出ようか」
何か違和感を感じたような気がしたが…。まあ、いいか。
今は、アルとのこの時間を優先しよう。
「シンさん、見てください!『あなたの未来を占います』ですって」
「占い…?」
俺は、占いは全く信じる性格ではない。
小学生時代、Aちゃんに告白したあの日、誕生日占いでは運勢が最高だと書いてあった。あの日以来、占いに夢見るのはやめている。
しかし、ここは異世界。祝福により未来を見ることができても不思議ではない。
いくばくかの期待を込め、俺はその占いを受けてみることにした。
「いらっしゃい」
迎えてくれたのは、初老の老婆だった。
「あのー、占いをしてもらえるとのことなので、伺ったのですが…」
「ふむ。私がその占い師じゃ。対峙した相手の未来をぼんやりと見ることができる。そういう『祝福』じゃ。して、未来を見てほしいというのはどちらじゃ?」
そう聞かれて、アルと顔を見合わせる。
まあ、どっちも占ってもらえばいいか、と思い老婆の方に向き直った時、ふと料金表が目に入る。
えーっと、一回にかかるお値段は…。なっ!?
「シンさん!こ、こんなお金持ってないですよ!」
「あ、ああ…。じゃ、じゃあやめときますか…」
すみません、またの機会に…と店を後にしようとすると、当然老婆が止めに来る。しかし、その老婆の発言に、俺は耳を傾けざるを得なかった。
「ふむ、見たところ、そちらの彼はこの世界に慣れていないように見えるのじゃが…。特別に安くしておく。おぬしだけでも、安心のためこの先の未来を見て行った方がよろしいのではないかの?」
俺が別世界から来たことを…見抜いた?
俺の言動の節々に、この世界との微妙な差異なんてそうそう見抜けないはずだ。
この占い師、腕は確かなようだ…。
「シンさん、私は大丈夫ですから、あなただけでも占ってもらってもいいんじゃないですか?この世界に来て、多少なりとも不安でしょうし…」
「ああ。ワシとしても、おぬしのような人間の未来を見るのは初めてじゃから、少し楽しみなんじゃ。お代は…10分の1でよい。占って行かんかね?」
「10分の1だと…!」
この老婆、なかなか商売が上手い…!ドアインザフェイスというテクニックを自然に使いこなしている。
しかし、まあ、俺自身も気になることではあるので、占ってもらうことにした。
老婆曰く、「この祝福を使うには相手と二人きりにならなくてはならない」とのことなので、あるには申し訳ないが外で待っていてもらうことにした。
「それでは、始めるぞ」
老婆と机をはさみ、向かい合って対峙する。完全に目を合わせた状態で。
なんでも、相手の目をじっと見つめることによって、相手の未来を覗くことができるらしい。
見つめあることしばし。
そろそろ目が乾いてきたな、と思い目を瞑ろうとしたそのとき、老婆が不意に口を開いた。
「こ、これは…!?」
占い師の老婆は、何かに驚いたように椅子から崩れ落ちる。
心配して手を差し出したところ、すぐに首を横に振り、すぐさま次の言葉を続ける。
「おぬしは、近い未来にて強大な相手と対峙することとなる。そのとき、おぬしは巨大な憎悪と悲しみを背負って、命を懸けて戦っている…。そんな未来が見えた。ぼんやりとしているが、こ、この未来は一体…!?」
「ど、どういうことですか…」
正直、全然聞き流せるような内容ではない。
「わ、ワシが見えるのはここまでじゃ。これ以上の詳しい情報を伝えることはできん…。おぬしの未来に、幸があることを祈っておる…」
「は、はあ…」
なんだか、もう絶望的に幸が無さそうな内容だったんですが…。
店を出て、アルに占いの結果を伝えると、俺と同様よく分からないと言いたげな表情をしていた。
俺が強大な相手と戦う?しかも、憎しみや悲しみを背負って…。
俺は勇者なんかじゃない。なる予定だって、ない。
しかし、そうならざるを得ない状況になるのだとしたら…。
…やっぱり、占いなんて嫌いだ。
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