第6話 そのメイド、試される。
王都の街並みを眺めながら歩くこと一時間。
太陽が沈む前に、キーパー侯爵家の屋敷らしき場所へどうにか辿り着くことができた。
「ん? どうしたんだい、お嬢さん。見掛けない顔とメイド服だね」
どこから入ったらいいのか分からず、あたりをウロウロとしていた私に、門の詰め所にいた鎧姿の男の人が声を掛けてきた。
守衛さんらしき人物はこちらをジロジロと上から下まで見て……言葉は優しいけれど、私のことを警戒をしているみたい。
まぁたしかに? 他家のメイド服を着た手ぶらの女なんて、傍目から見たらただの不審者だものね。
でも貧乏な私には服なんてこれしか持っていなかったし、他にどうしようもなかったのよね……。
「こんにちは。メイド学校に入学するために、アトモス男爵領からやって来たんです。ここはキーパー侯爵のお屋敷であっていますか?」
「あぁ、なんだ。入学希望の子だったか。そうだよ。ここがそのメイド学校だ」
旦那様から頂いた推薦状を見せると、守衛さんはすぐにニコッと笑顔に変わった。
そして正門の脇にある使用人通路から、敷地の中へと案内してくれた。
「ようこそ、キーパー・メイド学校へ」
「……すっごぉい」
門をくぐった私の視界の先に広がっていたのは、王都の街並みとはまた別の世界だった。
正面に見えるのは、石造りの立派な大豪邸。
周りには青々とした芝生の絨毯。奥には剪定された木や、華やかな花壇まであるみたい。
「すっごい豪華なお屋敷……アトモス家の倍はあるわ……」
王都に来て驚かされてばっかりだったけど、今度はお城みたいな豪邸に腰を抜かしてしまいそう。
これがこの国の王城だって言われても信じちゃうわよ、私は。
「ははは、凄いだろう。理事長を務めておられるクロワ夫人が、王都の別邸を丸々改装して作り上げたんだ」
「別邸!?……ってことは」
「もちろん、自分の領には本物のお城があるぞ。当主様は普段、そちらで領主のお仕事をされていらっしゃる」
はえぇ……さらに上があるっていうの。
この国の侯爵家って、とんでもない財力を持っているのね……。
私は呆気に取られながら、入学の受付をしてくれるという場所へと連れて行ってもらう。
近付けば近づくほど、お屋敷の凄さが伝わってくる。
なんだか現実離れしていて、これから私が通うという実感が全然湧かないわ。
だって長年憧れていたメイド学校は、想像で描いていたものよりもずっと煌めいて見えるもの。
(考えてみれば、ここは国内のあらゆる貴族家にメイドを派遣する、一流の学校なんだものね……)
無事に卒業さえできれば、たいていの貴族家では雇ってくれるほどの信用が得られる。
そんな施設が一流だって、何もおかしくないわ。
「国王陛下ですら、ここを重用しているからね。貴族の推薦状は必要だが、入寮制で実務を学びながら働けるし、食事も出る。入学を希望する令嬢の数は、年々増えているそうだよ」
守衛さんはちょっと自慢げにそう言った。
でも自慢したくなるのも当然だわ。私も実際にこの目で見て、期待がグングンと高まっているもの!
なにより住む場所もご飯もあって、仕事にも有りつけるなんて……孤児出身の私が一発逆転を狙えるとしたら、ここ以上の場所は無いじゃない!
夢にまで見た一日三食ライフに目をキラキラとさせていると、隣にいた守衛さんは少し不安そうな顔を浮かべた。
「でも大丈夫か? お嬢さん、あんまり裕福そうには見えないけれど……」
「え……あ、そうだった。あの、つかぬことをお聞きしますが……入学にかかるお金って、おいくらなんですか……?」
私が現在持っているお金は、靴下の中に隠したへそくりの銅貨が三枚だけ。
銅貨三枚あれば、一日分のパンが買える。私もこれで足りるとは思わないけれど……。
「金貨一枚だ」
「やっぱり足りなかった!?」
ぐうぅ、ジーク様に渡した金貨があれば、なんとか払えた金額だったか。
「その様子だと、お前さんは持っていなさそうだな。残念だが入学は……おい、やめろ! そりゃなんのつもりだ!?」
私は今、守衛さんの足元にひれ伏している。
これはサクラお母さん仕込みの最上級のお願いポーズだ。
「ど、土下座です……」
「土下座!? なんじゃそりゃ!! ともかく、こんな所でそんなことをするなって! 俺が学園長にどやされちまう!」
だけど私はやめない。
地面に這いつくばるようにして、どうにか入学させてもらえるよう守衛さんに頼み込む。
「お願いしますっ! お支払いするあてはあるので、少しだけ待ってもらえませんか!? 私、どうしてもここに入学したいんですっ!! お願いですっ、この通り!!」
在学中だって窓ふきでもトイレ掃除でも、頑張って働いて返しますから!
だからどうか、私を入学させて欲しいの!!
守衛さんは私を起き上がらせようとするけど、入学させてくれるまでは梃子でも動かない。
迷惑を承知で、おでこを地面に擦りつけるように懇願する。
ここまで来ると私が本気だと伝わったのか、先に折れたのは守衛さんの方だった。
「はぁ……分かったよ、俺の負けだ。ここまでする入学希望者なんて初めてだよ、まったく……」
「ありがとうございます!」
やったぁ!! 助かった!!
いや、守衛さんにとっちゃかなり迷惑だっただろうし、後で守衛さんが怒られちゃうかもしれないけれど……私も後に引けないのだ。
お詫びは後で絶対にするから!!
「その代わり、俺はお前さんを中に入れてやるだけだ。これから手続きを担当する人間に、お前さんが直接交渉しろ。後のことはどうなろうと、俺は知らん」
「はい! それだけでも助かります! よろしくお願いしますっ!!」
守衛さんは大きな溜め息を吐いた。
ここで大人しく待ってろと私に告げると、屋敷の中へ入っていった。
(大丈夫かな……もし駄目だったら、奥の手にジーク様のハンカチを出してみるしかないわね)
私の心配をよそに、そう時間も掛からず守衛さんは頭をポリポリと掻きながら戻ってきた。
「いちおう、担当の方には簡単に事情を説明しておいた。あとはお嬢さん次第だ」
「ありがとうございます!」
やったぁ! 守衛さん、すごい!!
私が思い付く限りの称賛を送ると、守衛さんは少し照れ臭そうにしながら「ついてこい」と言ってお屋敷の中へと向かった。
私たちは生徒用の通路らしい木扉を開けて、中へと入った。
「うわぁ、すっごい……」
そこには煌びやかな装飾に溢れた、キラキラとした空間が広がっていた。
芸術の分からない私には凄いとしか言えないけれど、細部にまでこだわってレイアウトしたのは何となく分かった。
「へへっ……凄いだろ?」
「はい……なんだか、夢でも見ているみたいです……」
広々としたホールに、赤い絨毯の敷かれた階段と廊下。
落ち着いた雰囲気を持ち合わせながらも、適所に置かれた調度品が豪華さを醸し出している。
お金とセンスがあるって、こういうことなんだろうなぁっていうのが良く分かる。
「さぁ、担当者がこの部屋でお待ちだぞ」
「ごめんさいっ、今行きます!」
口をポカンと開けて立ちつくしていた私を見て、守衛さんはニヤっと口角を上げた。
案内されたのは応接室のような部屋だった。
ローテーブルを挟んだソファーの前には、担当者らしき人物が立ったまま私を待ち受けていた。
「貴女が、当校の入学希望者ね? いいわ、私が面接してあげる」
「はい……」
どうやら面接はしてくれるらしい。
それは嬉しい。だけど……。
「さぁて、貴女はどんな子なのか……私にじっくりと教えてちょうだぁい?」
(メイドの……モンスター??)
目の前にいるメイド服をきた筋骨隆々の化け物は、満面の笑顔でそう言った。
あの……これって私……何か試されているのでしょうか……?
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