第4話 そのメイド、首を突っ込む。

 

「どうしよう、見誤ったわ……」


 王都にある石畳の噴水広場。


 たくさんの人たちが憩いの場として寛いでいる中。私はベンチにひとり座り、途方に暮れていた。



「王都……広すぎて道に迷った……都会怖い……」


 どこを見ても人、ひと、ひと、ひと。


 私が生まれ育った田舎町や、お世話になったアトモス男爵領とは比べ物にならないぐらいの人ごみに溢れている。


 絶望に暮れるメイド服姿の私をチラチラと眺める人はいても、誰も声を掛けるようなことはしない。



「ううっ。これが田舎なら、親切な人が現れて道案内ぐらいしてくれるのに。きっとこれは都会の洗礼なのね……なんて冷たい街なのかしら」


 涙目になって街ゆく人たちを睨んでも余計に人は遠ざかり、みんな素知らぬふりで通り過ぎていく。この薄情者どもめっ!!



「はぁ、失敗した……ロクに準備もせず、勢い余って王都行きの馬車に飛び乗ってしまったのが完全に仇になったわね」


 メイド学校へ行けることばかりが頭にいっぱいで、王都のどこに学校があるかなんてこと、全然考えてなかった。


 こうしようと思ったらすぐに突き進み過ぎちゃう、私の悪い癖だ……こんな調子で私、王都でちゃんとやっていけるのかしら……。



 ガクッとこうべを垂れるメイド服の女。


 不審者の度合いが更に増しているけれど、そんなことを気にしている余裕は無い。



「それにしても、まさかサクラお母さんの手帳にあった地図が役に立たないだなんて……」


 ポケットから革の手帳を取り出して、王都の地図が描かれたページを眺める。


 だけどその地図にあるのは王城の周りだけ。私が今いるのであろう、城下町の詳しい地理までは描かれていなかった。てっきり私は、これがあれば迷わず王都を歩けると思っていたんだけど……。



「王都を舐めていたわ……でも王城周辺限定の地図だなんて。サクラお母さんはどうしてこんなものを……」


 この手帳は元々、私を育ててくれた孤児院の院長だった、サクラお母さんが持っていたものだ。


 孤児院の場所は、王都から遠く離れた貴族領。つまり、王都や王城とは無縁の人だったはずなのに。



 私の記憶にあるサクラお母さんは、もう10年も前の姿だ。


 その時にはすでに、サクラお母さんは白髪のお婆ちゃんだった。


 優しいけれど不思議なところが多い人で、過去にどんなことをしていたかなんて、誰も何も知らなかった。



 平民にしては妙に雰囲気のある人だったし、私に礼儀作法とか色々教え込んだのもあの人だった。


 だからもしかすると、元はどこかのお貴族様の御令嬢だったのかもしれない。



「結局は謎のまま亡くなってしまったから、今となっては知ることもできないんだけれどね……」


 唯一の手掛かりはこの手帳なんだけど、サクラお母さんについて分かることは何も書かれていない。


 遺品のあった孤児院も、とある貴族のせいで跡形もなく潰されてしまったし。


 そう、憎きあの偽聖女がいるグリフィス家のせいで……!!



「――っと。今は恨みを募らせている場合じゃないわよね」


 目下の問題は、メイド学校のある場所を見つけることだ。



「ここでジッと座っていても仕方ないわ。分からないのなら、自分の足で探すしかないもの」


 そう思い直した私はサッと立ち上がると、フンスと意気込んだ。


 そうよ。道に迷ったぐらいで、立ち止まってなんかいられないもの。



「それに私には幸運の金貨があるんだし……さぁ、どっちに行けばいいかしら?」


 右は貴族街、左は商店街。予想では貴族街だけど……。


 手帳の栞代わりにしている金貨を指で摘まみ、ピーンっと空中へと弾く。


 これは旦那様から貰ったボーナスの金貨じゃなくて、私がずっと昔から使わずに隠し持っている金貨だ。


 この金貨が私を正しい道へ運んでくれるはず。



「表なら右の道!!……裏か。じゃあ左の道ね!」




 ◇


 初めての王都探索。メイド学校探しは難航していたものの、街並みを眺めるのはとても楽しかった。



「見たこともないお菓子に洋服、アクセサリーまで。こんなにも物で溢れているだなんて……くぅ、お金さえあれば……」


 残念ながら、貧乏暮らしの私に自由に使えるお金なんて無かった。


 手元にある金貨は入学金に消えてしまう予定だしね。


 せめて銅貨が数枚あれば、買い食いぐらいはできたのに。


 ……食べることを想像していたら、グゥとお腹が鳴った。



「そういえば今日は何も食べてないのよね。でも我慢して節約しないと……あれ? 何やら騒がしいわね」


 串焼きの屋台を横目に見ながらトボトボと歩いていると、前方の店から怒鳴り合う声が聞こえた。


 どうしたのかしら、ケンカでも起きたのかな?



「だから予約しておいたって言っただろう!! どうして勝手に売却済みになっているんだ!!」

「そう言われたって、こっちはアンタの予約なんて受けてねぇって言ってんだろ!」


 言い合いが起きているのは、どうやら花屋の店先だったようだ。


 野次馬の気分で覗いてみると、店主らしき筋骨隆々のオジサンが銀髪の男性に怒鳴り散らしているところだった。



「予約は僕が出した使いの者がしておいたはずだ! 間違いない!」

「はんっ。ならソイツを連れてきな。そもそも、俺っちの店は平民向けの花屋なんだ。おめぇみたいなボンボンは、貴族街で萎れた造花でも買ってりゃ良いじゃねぇか!!」

「僕だってそれができるなら、最初からそうしてるさ!! だけどキンカチョウの花は貴族街じゃ売ってないんだよ!」



 予約がどうの……って言っていたけど、何か行き違いでもあったのかしら?


 ていうか萎れた造花って、造花なら元から萎れないんじゃないの??



 ボンボンと言われた方の彼は、後ろから見ている私でも分かるほどに耳を真っ赤にしている。



 身なりはたしかに、平民が着るような服ではないわね。騎士様が着ている軍服かな?


 年齢は私と同じ16歳くらいだけど……店長さん、騎士様相手にあんな言い方して大丈夫なのかしら?


 銀髪の彼、身体を震わせちゃって怒り出す寸前じゃない。



「ちょっと、どうしたの? 遠くからでも聞こえるぐらい大声だったわよ?」


 お節介かもしれないけれど、私は騎士様に用ができた。口を出させてもらうわよ。



 突然現れたメイド服姿の私を、二人は同時に睨みつけた。


 何よ、二人とも。ケンカ中なのに息ピッタリじゃないの。



「……この店主が、僕にキンカチョウの花を売らないって言うんだ。王都じゃここでしか手に入らないから、三日も前に予約をしていたのに」

「だからその予約なら、別の奴が持って行ったって言ってるじゃねぇかよ。まさかテメェ、貴族の特権だとか言って、俺っちの大事な商品をタダでぶんどるつもりじゃねぇのか!?」

「なんだと!?」


 あぁ、駄目だ。


 また二人で勝手に言い合いを始めちゃったわ。



「お……騎士である僕がそんなことするわけがないだろう!! だいたい、僕は使いの者に金貨三枚を前払いさせておいたんだぞ!」

「金貨三枚ですってぇ!?」


 ちょっと待ちなさいよ!!


 何よその花、私の一年分のお給料より高いんですけど!?


 店主さん、どれだけぼったくる気なのよ!!



「あん? むしろ安いぐらいだぜ。王都じゃ平民が誕生日に贈る、定番の商品だしな」

「え……? そ、そうなの……?」


 やだ、私のお給料安すぎ!?


 と、取り敢えずよ。話を聞く限りだと、やっぱり二人の間に何かのズレがあるみたいね。



「騎士様なら、金出して買えば良いじゃねぇかよ! 金持ってんだろ!?」

「アレはキンカチョウじゃない! 日持ちのしない、ギンカチョウじゃないか!!」

「たいして変わんねぇだろうがよ。そっちなら金貨一枚にまけてやるぜ?」


 店主は棚に並ぶ花々を指差してそう言った。



「わぁ、可愛い……」


 そこには銀色に輝く、小さな星型の花が幾つも置かれていた。


 ギンカチョウが銀色なら、キンカチョウは金色なのかしら?


 たしかに私も銀色のお金より金の方が好きだけど……これもこれで綺麗だと思うわ。


 騎士様はこっちの花じゃ駄目な理由があるのかしら?



「……無いんだ」

「はぁ?」

「だから、金が無いと言っている。……今日は仕事の合間を縫って、大事な人に手渡そうと急いできたんだ。だから、財布を持ってくるのを忘れて……」


 その言葉を聞いた瞬間、店主が盛大に噴き出した。



「クァーッハッハ!! こりゃ傑作だ。マヌケな上に、金のないボンボンかよ!! なら話は早い。さっさと帰ってパパにでも泣きつくんだな。お金が無くてお花が買えませんでちたぁ~ってなぁ!!」


 馬鹿にしたような表情で、店主さんはこれでもかと煽っている。


 うわぁ、酷いこというなぁ。銀髪騎士様、またプルプル震え始めちゃったじゃない。



 だけど、大事な人へのプレゼントかぁ。


 急いでるってことは、時間もあまりないんだろうな。



 ……はぁ、仕方ないか。



「分かりました。その金貨一枚、私がお支払いします!」


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