第8話 そのメイド、首を傾げる。
「プリちゃ……プリマ先生は、この学校の校長先生だったんですか?」
「うっ、実はね……そうなのよ」
本人は隠したかったのか、プリちゃんは少し照れ臭そうに頷いた。
たしかに
でもそうならそうって、遠慮なく言ってくれたら良かったのに……。
「この子はこう見えて、かなりの照れ屋さんなのよ」
「ちょっ、理事長先生!?」
「ま、それはひとまず置いておきましょう。それで、貴女が今回の入学希望者なのよね?」
アッシュグレーのセミロングの髪をした淑女が私を見て、そう尋ねてきた。
さっきプリちゃんが“理事長”って呼んでいたから、この人がキーパー侯爵夫人なんでしょうけど……お婆ちゃんの年齢だって言ってなかったかしら!?
目の前の貴婦人はどう見たって、五〇歳くらい……いえ、それ以上に若く見える。
肌もシミひとつ無いし、背筋もピンとしっかり伸びている。顔だって美人だ。
……うん、いくらなんでも若すぎないかしら?
なに? この学校にはバケモノみたいな人しかいないの??
「……どう? プリマさんから見たアカーシャさんは?」
「そうですねぇ……破天荒な部分はありますが、根は良い子ですよぉ。真面目に学べば、彼女は良いメイドになるかと思いますわぁ」
「うーん、そうねぇ。推薦状の中身を見た限り、彼女はかなり有望らしいわよ。あの落ちこぼれのクアレさんが言うんだから間違いないわ」
えっ……。今、理事長の口から“落ちこぼれのクアレ”って出たわよね?……それってもしかして、私がお世話になっていた鬼のメイド長のこと?
「あら、知らなかったかしら? 彼女、この学校の卒業生なの」
「懐かしいわぁん。クーちゃんったら、何をやらせても不器用なんだもの。かなり教え甲斐があったのよねん」
信じられないわ……あんなに仕事のできるクアレメイド長が、ここでは落ちこぼれだったなんて。
「でもクーちゃんの努力は誰にも負けなかった……卒業する頃には、同世代の誰よりも優秀なメイドになっていたわ」
「なるほどねぇ、アカーシャさんは彼女の愛弟子だったわけか。だったらなおのこと、この子を入学させてあげたいわね」
あのメイド長に、そんな予想外なエピソードがあったのね。
やけに厳しい人だと思っていたけれど、あれは私のためだったのかな……。
「まぁ、いいでしょう。私個人としても、アカーシャさんはとても気に入っておりますので」
「そ、それじゃあ!!」
「えぇ、入学を認めます。プリマ校長先生も、それでいいですよね?」
プリちゃんの方を見ると、ニッコリとした笑顔で頷いてくれた。
やった、これで夢のメイドになれる!!
「それじゃあ、決まりね。これから事務に行って、入学金を「ああぁあっ!!!!」……って、急にどうしたのよ。そんなに大きな声を出して」
しまった、入学金の事をすっかり忘れていたわ!
私、入学金を持っていないのよ……!!
涙目でアワアワしている私を見て、正面に座るプリちゃんが怪訝な顔をしている。
このタイミングで言うのは恥ずかしいけれど、言わない訳にはいかない。
どうにか働いて返すので、入学金を立て替えて貰わなくっちゃ……。
「あの……私、実はお金が無くて……」
「あ、そうだ。大事なことを忘れていたわ」
勇気を出して口を開いた瞬間、理事長が私の台詞を遮りながらポンと手を叩いた。
「そういえばさっき、ステップガールを派遣してほしいって依頼を受けたのよ。でも今は丁度良い人材が居なくて……アカーシャさんは経験者なのよね?」
「……へ?」
理事長の言っていることの意味が分からず、口を開けたままポカンとする私。
「その派遣はアカーシャさんに行ってもらいましょう。交換条件として、今回は私が入学金を貸してあげるわ。……それで良いわね?」
私がステップガールの派遣を?
まだ入学もしていないのに??
不安に思った私は二人の顔を窺うも、笑顔のまま。どうやら問題はないみたい??
「そ、それじゃあ私は入学できる……ってことですか?」
「そういうことよ。ほら、これを持って今から生徒寮の受付をしてきなさい。その調子じゃ、今日泊まるところもないのでしょう?」
理事長先生は机の上に一枚の金貨を置くと、私にウインクをした。
やった……!!
入学できた上に、住む場所までゲットよ!!
「理事長先生、ありがとうございますっ! プリちゃんも本当にありがとう!!」
「いいのよ。アタシも貴女に教えられることができて嬉しいわ」
理事長の隣りに座っているプリちゃんは可愛らしい笑顔ではにかんだ。
何度も何度もお礼を言いながら金貨を受け取ると、私は教室を後にした。
「みんな良い人で助かったわ。クアレメイド長にも感謝ね。……こうなったら、学校で一番のメイドになってお礼をしなくっちゃ」
みんなのおかげで、私は夢にまた一つ近付けた。
それが嬉しくて、鼻歌を歌いながら廊下を歩いて行く。
「あれ……? でも私、理事長先生にまだ自己紹介していなかったはずよね。どうして私のことを知っていたんだろう?」
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