第15話 そのメイド、魔法を語る。

 

 私の能力がメモ魔法だと発言した途端、教室内がシンと静まり返った。


 そうよね、普通は驚くでしょう。でも私が神様から授かったのはこの魔法だったのよ……。



「メモって……あのメモよね?」

「えっ、それって魔法にする必要あるの?」

「知らないわよ……何だかちょっとあの子が可哀想ね」


 お、おう……。嘲笑よりも哀れみの意見が多いのは、ちょっと予想外だったわ。


 いっそのこと馬鹿にしてくれた方が、この後のショーがやりやすかったのだけれど。



「今日はお近づきの印に、こんな魔法でも使いようだってことを、皆さんにも披露して差し上げるわ」


 先生に目配せをすると、私の意図を察してくれたのかニッコリと微笑んで頷いてくれた。


 よし、先生のお墨付きは得られたわね。



「披露って……」

「え? メモを見せるってこと?」

「私たちも別にメモぐらいは取れるけど……」


 ふふふ、そうでしょう! 普通はそう思うわよね?


 だけど私の魔法はただメモを取るだけじゃないのよ?



「先生、この学校の生徒名簿をお借りできますか?」

「名簿ですか? まぁ事務で公開されているものですし、いいでしょう」


 私は先生から出席を取るために使っている名簿を受け取った。


 名簿には百人分の名前と寮の部屋番号、使える魔法や所属するクラスなどが書かれている。名前の横には魔法を使ったのか、精巧な顔の絵が描かれていた。


 うん、これくらいなら大丈夫そう。



「誰か、この教室で時間を測るのが得意な方は?」

「それなら私が魔法で出来るわよ」

「ありがとう。それなら一分間キッカリで計測してもらえる?」


 さっきコソッとルーシーの事を教えてくれた、前の席の子が手を上げてくれた。


 よしよし、これで準備はできたわね。



「ね、ねぇ。アカーシャさんは、いったい何をするつもりなの?」

「まぁまぁ、ルーシーもちゃんと私の魔法を見ていてよ。それじゃあお願いしていい?」

「了解よ。……時刻クロック魔法、発動!」


 タイマー係の女の子が手を上に掲げ、魔法を発動した。


 手の先から空中に複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がる。



「一分間ね……準備は良い?」

「いいわ、始めて!」

「スタート!」


 私の合図で魔法陣が六〇を表す数字になり、それが一秒ごとに変化していく。


 カウントダウンは六十秒。これがゼロになる前に……



「メモ魔法、発動……!!」


 魔法を発動すると、私の手にも魔法陣が出現し――魔法の万年筆が現れた。


 虹色に光る金属でできていて、それなりの重さがある。だけど不思議と私の手に馴染むお気に入りのペンだ。


 ――さぁ、始めるわよ!



「す、すごい……!!」

「アレってキチンと見えてるの……??」


 名簿を片手に、私は記載されている内容を自分のメモ帳に超高速で写していく。


 右手は目にもとまらぬ速さでシャカシャカと動き、傍目からは残像しか見えていない。



「……イチ、ゼロ!! そこまでよ!」

「出来たっ!!」


 カウントダウンが終わる瞬間、私はメモを書き終えた。


 そしてみんなにも見えるようにメモ帳を見せる。



「ほ、本当に書き終わってるわ!!」

「すごい……」


 教室内が驚きの声で埋まる。文字どころか顔の絵までそのまま書き写してある。


 ルーシーも目を白黒させていた。先生は……何故か笑いを堪えている。



「うん、凄いのは凄いんだけど……」


「「「すっごく地味!!」」」


 うっ……。そ、そうなんだけどさぁ。そんな皆で口を揃えて地味って言わなくても。



 最初は自分でも地味だなぁとは思ったけど、この魔法の本領はそれだけじゃない。


 私はパタン、とメモ帳を閉じて机に置く。目を瞑ると、口を開いた。



「アンさんは香水魔法、三〇三号室。イースさん、温熱魔法。三〇五号室。エレンさんにカーサさんは双子で色彩魔法。三〇六号室ね。それに……」


「えっ? 私?」

「私も呼ばれた」

「あっ、私も……でもこれって……」

「このクラスにいる生徒の名前よね?」


 ふふふ。

 驚いた? でもまだまだこれだけじゃないわよ。



「次、カッパークラス。アニーさん二○五号室、サラさんに……」


 私はその後も名簿にあった名前とクラス、部屋番号をつらつらと告げていく。


 もちろん、私は何も見ていない。メモ帳も名簿も机の上に閉じて置いてある。



「う、嘘よ!! こんなの、デタラメだわ!!」

「そんなことないわよ。ほら、見てみてよ」


 タイマー係をしてくれたのはミニットさんという名前だった。そのミニットさんが証拠よ、と言ってハイドラさんに名簿を押し付ける。



 ハイドラさんは震える手で名簿を開くと、再び「嘘よ!」と叫んだ。


 うん、名簿を見れば間違いないのは一目瞭然よね。まぁこんな特殊過ぎる魔法なんて信じたくないのはしょうがないと思うけど、これが私のメモ魔法なの。



「これで分かったかしら? この魔法があれば、雇い主のスケジュールから客人の好み、付き合いのある貴族まで全て記憶できるわ。……でもね、そんなのは別にどうだっていいの」

「え……?」


 ハイドラさんはポカン、とした顔で私を見る。


 凄い魔法を見せつけられたかと思えば、今度は自分から大したことが無いなんて言い出した。言っていることがチグハグ過ぎたら、そんな顔になるのも当然よね。



「魔法なんて、所詮は道具よ。それをどう使うか考える頭が無ければ、どんな優れた魔法を持っていたって宝の持ち腐れだわ。貴女の水魔法だって、どう使うか自分で考えられなければ、雇い主に一生水汲み係ってバカにされるわよ?」

「み、水汲み係……」


 私の言葉に衝撃を受けたのか、ハイドラさんは項垂れてションボリとしてしまった。


 しまった、水汲み係はちょっと言い過ぎたかしら……?


 ――パチパチパチ



「えっ?」

「その通りです、アカーシャさん。素晴らしい指導だわ」


 だけど先生は拍手をしながら私を褒めてくれた。


 私の机にある名簿を取ると、パラパラとめくって「羨ましい魔法ね」と小さく呟いた。



「理事長とこの学校が行なってきた日頃の努力により、メイドの評価は見直され始めました。だけどね、立場が上がったからこそ、これからは自分で考え、自分で行動できる人材が求められると思うの。それはもちろん、自分勝手な行動じゃなくて、相手を思いやる行動をね。なによりみなさんは、雇い主に奉仕をするお仕事をするのですから」


 先生の話を生徒たちは真剣な表情で聞いていた。ここにいる誰もが、学園長や先輩のメイドたちに憧れて入学してきた。だからこそ、その言葉が胸に刺さったのだろう。



「あら、もう時間ね。実技は次の時間にしましょう」


 終了を告げるチャイムが鳴り、先生は授業を一旦終えた。


 なんだか最後は良い所を持って行かれちゃったけど、さすがは先生だ。


 ハイドラさんも反省したのか、ルーシーに「言い過ぎましたわ。ごめんなさい」と謝っていた。ルーシーも彼女を許してあげたみたいだけれど……



「アカーシャさん……素敵……」



 ――なぜかルーシーの私を見る目がすっごく熱っぽいんですけど!?



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