第11話 そのメイド、同情される。

 

「ここがわたくしたちが使える食堂よ。指定の時間にここへ来れば、食事にありつけるわ。時間は朝の五時と夜の八時の三十分間だけど、一分でも遅れたら食事は無しだからね」


 私はルーシーの案内で、居住棟パラスの中にある食堂へと来ていた。


 今の時刻は夜の八時を過ぎたあたり。フロアに設置されている席で、寮生たちがそれぞれ思い思いに食事を摂っている。


 食堂は私たち生徒が当番制で調理をするみたいだけど、タダで食べられるのはとても有り難い仕組みね。毎日空腹との戦いだった孤児院時代に比べたら、まるで天国みたいな環境だわ。



「アカーシャさん? わたくしの話をキチンと聞いているのですか?」

「うん、聞いてるわ。ただちょっと感動していただけよ」


 ルーシーは未だに素っ気ない態度を続けている。


 それでもしつこく話し掛けていたら、さすがの彼女も根負けしたみたいで、こうして寮内を案内してくれるようになった。



 ふふふ、孤児院の悪ガキたちで鍛えられた私の粘り勝ちね!!



「こんなにもメンタルが強い人に出逢ったの、生まれて初めてだわ。私もう、心が折れそう……」


 ルーシーは呆れを通して白目を剥いているけど、私のせいじゃないわよね?


 最初っからそうやって普通に接してくれていれば、こんな事にはならなかったのよ?



「部屋を交換してくれないか、あとで事務に相談してこようかしら……」

「何を言ってるのよ!! 今まで散々ルームメイトを追い出しておいて、自分だけ都合のいいこと言わないの。それに今さら貴女を受け入れてくれるような、優しいお方がいるのかしら?」


 私のセリフが図星だったのか、ルーシーは「うっ……」と言って顔を手で覆ってしまった。


 ほら、みなさい。他人に迷惑を掛けたら、そうやっていつか自分に返ってくるんだからね!!



 でもルーシーさん。ああ見えて、面倒見は良いのよね。言葉ではツンツンとしていても、案内自体はとても丁寧で分かりやすかったし。


 貴族の御令嬢だったっていうだけあって、所作に気品が溢れている気がする。


 何より服の上からでも分かる、あのスタイルの良さは……ぐぬぬ!!



「ど、どうしていきなり胸に手を当ててしょんぼりしているのよ?」

「うぅ、自分の身体が憎い……どうして私の身体はこんなにも貧相なの……」


 腕組みしている彼女の腕には、重量級の袋が乗っている。


 ふん、いいもんね。私は栄養が足りていなかっただけで、これから成長するんだから。たぶん、きっと……そうだといいなぁ……。



 食事を提供するカウンターに並び、夕飯をトレーに載せて空いている席へと向かう。


 今日のメニューは、丸めたパンに野菜のスープというシンプルなもの。


 だけどその辺に生えていた野草と、沸かしたお湯で食い繋いでいた日々に比べれば、幸せすぎる食事だ!!



「今度はこんな質素な食事を、泣きながら食べているし……本当に大丈夫かしらこの子……」

「だって……塩以外の味付けなんて、本当に久しぶりで……!!」

「うえぇっ!? ちょっと貴女。貧民街で育ったとでもいうの? 普通はそんなこと有り得ないわよ!?」


 いや、まさにその貧民街出身ですけれども。


 男爵家に拾ってもらったけれど、その男爵家だって貧乏だったし。みんなで助け合いながらどうにか生きてきたのよね。



 どんな人生を歩んできたのかを、食事を摂りながら話す。


 すると対面にいたルーシーは、途中から食べる手を止めて、ポカンとしてしまった。



「貴方、そんなに貧しい生活を……」

「でも生きている限り、不幸だなんて思わなかったけどね! こうして美味しい食事もできることだし!!」

「随分と安い幸せね……でも、そうだったの……」


 なんだかルーシーの私を見る目が、段々と可哀想なものを見るような感じになってきた。


 挙句の果てには、私のトレーの上に自分のパンをそっと乗せてくれた。



「えっ、いいの!?」

「……別に貴方の為じゃないわ。夜中に部屋でお腹の音がうるさかったら、寝れなくて困るじゃない」

「えへへ、ありがとうルーシー!」


 お礼を言って受け取ると、ルーシーはちょっと照れ臭そうに横を向いた。


 やっぱりルーシーって、根は優しいのかもしれない。


 ……でも、こんな子が本当に傷害沙汰を起こしたのかしら?




 ご飯を手早く食べた後は、同じくパラスにある大浴場へと向かう。


 寮のフロアごとに交代制で入るらしいんだけど、彼女はいつも独りで入っているんだって。


 だから私は無理矢理ルーシーを連れて、お風呂へと突撃した。



「どうしてわたくしの裸を見つめてくるんですの……?」

「……別に。どうしてかなぁって観察しているだけよ」


 やっぱりルーシーのプロポーションは凄かった……。


 貴族は魔法みたいな化粧品でも使っているのかしら?


 うーん、いつかその秘訣を聞いてみよう。



 お風呂に入った後は、ちょっと早いけれど就寝だ。


 そのうち夜の実習が入るらしいんだけど、私はまだ入学したばかりなので無い。


 メイドって早朝から夜遅くまで働き詰めで大変だわ。



 ルーシーから二段ベッドの上を奪うことに成功した私は、洗濯したての真っ白なシーツの上に横になる。


 入学から入寮まで、怒涛の一日だったけど、無事に入学できたし……これなら何とかなりそうね。



「ふわぁ、なんだかもう眠くなってきた……ん? この声は……ルーシー?」


 私の真下……下段のベッドから、彼女のくぐもった声が聴こえてきた。


 どうやら布団の中で、すすり泣いているみたい。



「うぐっ、どうして……お母様……お父様……わたくしはこれからどうしたら……」

「ルーシー……」


 なにか声を掛けてあげたいけれど、安い慰めの言葉しか出てこない。


 貧乏人の、何も持っていない私の無力な手。これでは彼女を救うこともできない。


 無責任な優しさは、彼女を傷付けるだけだ。


 ……だからもっとお互いを知って、一緒に強くなろうね。



 私も心の中に、同じ熱を持っている。

 絶対にどん底から這い上がって、自分を追い詰めた人間に復讐してやる。



 なんだか彼女とは仲良くなれるかも……そんな事を思いながら、私は目を閉じて眠りにつくのであった。



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