第2章 とあるメイドの入学

第10話 そのメイド、屈さない。

 

 入学手続きを無事に終えた私は、貰った案内図を片手に寮へと向かって歩いていた。



「ええっと。この本館を出て、庭を抜けた先に、居住用の建物があるのよね……」


 案内書の地図には、ホーフと書かれた本館がある。


 その隣には、私たちが生活するパラスという別館が。さらには守衛さんたちの詰め所となっている、ベルクフリートと呼ばれる監視塔がそびえ立っていた。



 これは城や上級貴族のお屋敷と同じ構造をしているんだって。


 学校に居る時から実際に勤める現場の雰囲気を学べるように、理事長が配慮して設計させたみたい。



「徹底的な現実志向ね。さすがはエリートなメイドを輩出し続けるだけはあるわ」


 そんな独り言を呟きながら、私は歩く足を速めた。


 地図上では建物同士が近いようにも見える。だけど実際に目で見てみると、結構な距離があった。


 これでは敷地内を歩いて移動するだけでも、思った以上に時間がかかりそうだ。


 ここでの生活は足腰が鍛えられそうだな~なんて考えているうちに、ようやく居住区のパラスに到着した。



 パラスは二階建ての堅牢な石造りの建物だった。


 開け放たれた両開きのドアをくぐり、中へと入る。



「うわぁ、すっごい……」


 パラスは本館のホーフよりも、落ち着いた雰囲気の豪邸だった。


 絵画や胸像みたいな派手なインテリアはあまりないみたい。


 あくまでもそういった高価な装飾品は来客に見せるためのアイテムなので、こちらの居住区には置いていないようだ。



「それでも私が働いていた男爵家より、一回り以上は豪華なのよね」


 あの家は子供が描いた似顔絵が飾られていたり、近所の農家がお裾分けしてくれた野菜がその辺に置いてあったりしたから。



 階段を上り、二階へ向かう。



 途中でメイド服を着た、私と同じ年頃の女の子たちとすれ違った。


 みんなメイド服が見事にキマっていて、私なんかよりも大人びて見えた。



 私もああいう風になれるんだろうか、とか思いつつ。汚れ一つない絨毯が敷かれた廊下を歩いて行くと、指定された部屋の前に着いた。



「相部屋かぁ。いったい、どんな子なんだろう……」


 この寮は基本的に二人部屋だ。


 つまり誰かと部屋をシェアすることになっている。


 入学の手続きをしてくれた事務員さんは私の同居人について、少し困った顔をしながら教えてくれた。



『ルーシーさんという方なんですが、ちょっと……いえ、だいぶ問題のある生徒なんです。もし何かトラブルがありましたら、すぐに教えてくださいね』


 物心ついた時から孤児院や男爵領の大部屋生活だったし、私としては多少嫌な人間がいたところで、そこまで気にならないんだけど。


 むしろ二人部屋でも、かなりのグレードアップだ。嬉しいという感情しか湧かないわね。



「まぁどんな相手にせよ、第一印象はやっぱり大事よね」


 身嗜みを整えてからドアをノックする。


 そしてしばらく待つ……が、中から返事がない。



「あれ? 不在だったかしら?」


 ドアノブを握ってみると、何事もなく回ってしまった。どうやら鍵は掛かっていないようだ。


 このまま廊下で立っているわけにもいかないので、ゆっくりとドアを開けて入ってみる。


 照明の明かりがあるものの、部屋の中は少し薄暗い。




「ひゃっ!?」


 ノックには返事がなかったのに、人影がある。


 椅子に髪の長い誰かが座っていた。



「誰……?」


 机の上にあるランプの明かりに照らされたその人影は、ゆっくりとこちらを向いた。



「あぁ、びっくりした……貴女がルーシー? もう、いるなら返事してよ」

「どうして貴方はわたくしの名前を知っているの? というより、勝手に人の部屋に入って来ないでくださる?」


 私は事務であらかじめ聞いていた名前で確認するも、彼女はツンとした態度を取ってくる。



 だが彼女がルーシーで合っていたらしい。


 ルーシーは夜空のような綺麗な濃い青の髪に、とても整った顔をしていた。


 ちょっと釣り目がちで怖い印象だけど、アイスブルーの瞳は凄く綺麗だと思った。



「いつまでそんなところに突っ立っているんですの?」

「いや、あの。私はここの……」

「見れば同居人になる人だってことぐらい、わたくしにも分かりますわよ。さっさと自己紹介してくださる?」



 ……この子、性格悪い!!


 部屋を見渡してみれば、何故か二段ベッドは上も下も占領されている。


 さらには部屋にそなえてある二つの机も、勝手にくっつけて独占している状態だった。


 私が新しい同居人だって分かっているのに、配慮する気は微塵もないみたい。



 ぐぬぬ、耐えるのよ私。ここでは私は新入りだ。とりあえず言われた通りに挨拶しなくっちゃ。



「アカーシャです。今日からこの学校にお世話になることになりました。これからよろしくお願いします」

「そう、よろしくね」

「……」

「……」


 ……えっ、それだけ?



「あの、貴方は「適当に私の物はよけて使ってくださる? 私、こう見えてとっても忙しいの」そ、そうなの……?」


 キッパリと言われてしまった私は、部屋の中に入るといそいそとベッドの上の荷物を片付け始めた。


 ……っていうか私は挨拶したのに、そっちはしないんかいっ!!



 もう用は済んだとばかりに、ルーシーは机に向かって作業を再開している。


 それも私にも聞こえるような「はぁ、疲れたわ……」という大きな溜め息付きで。



「(こっちが仲良くしようとしているのだから、少しぐらい歩み寄りを見せたらどうなのよ……!!)」


 事務の人が大げさに言っていたのかと思っていたけど、どうやらそうでもなかったみたいね。



『ルーシーさんは元々、それなりに有名な貴族のご令嬢だったのよ。だけど事情で家が没落しちゃって……彼女、貴族に戻ることを諦めきれないのか高飛車で、他の子と衝突しちゃうことが多いの。それで同室だった子も、みんな他の部屋に移動を希望してね……』


 彼女は日常的に問題を起こしていたみたいね。


 詳しくは教えてもらえなかったけれど、同級生と口論になった挙句に、魔法で攻撃しようとしたことまであったとか。



「ふふふ……生憎だけど素行の悪いお子ちゃまの扱いなんて、こっちは孤児院で散々鍛えられているのよ」



 私はベッドの上段によじ登ると、そこにあったルーシーの私物をドサドサと落としていく。



「ちょ、ちょっと? どうしてわたくしの荷物を落とすのよ! あっ、その人形に触らないで!! やめてってば!!」

「ふふん。自分のモノも管理できない程にお忙しいのでしょう? だから私が代わりに掃除してあげているだけよ?」


 私はルーシーの悲鳴を無視して、ベッドにあったウサギのぬいぐるみを掴んだ。


 ……いや、ぬいぐるみに罪は無いね。そっと布団の上に置いておこう。



「わ、分かりましたわ! ちゃんと片付けますから止めてください!!」

「まったく、最初っから素直にそう言えばいいのよ」


 こういう子って、自分よりも傍若無人で自由奔放な人間に弱いのよね。嫌でもしっかりしないと、自分が嫌な目にあうから。


 だからルーシーには申し訳ないけど、ここは私の好きにやらせてもらうわよ!!


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