「先輩」


 その日は何故か他の部員がいなくて、私と智美の二人きりだった。


 智美は片隅の給湯器でお茶を淹れている。もしかするとこの紅茶って、屋敷にあった高級そうな茶葉だったりするんだろうか。いつも水ばかり飲んでいたが、一度飲ませてもらおうか。


「私が明空グループの一人娘だと知ったら、私への見方は変わりますか?」


 呟くように智美が言った。


 私はどう答えたらいいものかと考える。

 ああ、よく知ってるよ。ここで答えるべき言葉はこうだ。誰の娘だろうと、どんな金持ちだろうと、明空智美は明空智美だ、とか。


 だけどそんな歯の浮くような言葉を口に出す気にはならない。


「変わらない方が無理だろ」


 殊更に冷たく、私は言った。


「自分は自分とか言っても、育ってきた環境で人間は変わるものだし、全く同じように見ろ、という方が無理だろ」


「そうなんでしょうか」

 悲しそうな口調。


「だったら私は、普通に友達同士にはなれないんでしょうか」

「どういうことだ?」


「友達だと思っても、私がお金持ちだと聞いた途端、特別扱いされるんです」


 少し考えてから、私は言った。


「……そこから頑張って見たことはあるか?」


「というと?」

「一度特別扱いされたら終わりなのか?」


「私は普通に友達になりたいだけなんです」


「だったらさ、例えば車椅子の子が入学してきたとするとどうする? 智美はそれを全く考えずに最初からやっていくことが出来るか?」

「……難しいですね」


「でも、だったら最終的に普通の友達になれないと思う?」

「……違います。たぶん」


「そういうことだよ。最初がどうだろうと最終的に普通の友達にはなれると思う」


 そう言ってから、クスッと笑う。


「まぁ、家柄が何だろうと一つだけ言えることがある」

「なんですか?」

「智美は甘ちゃんの後輩であるってこと」


「ひどいです……」


 頬を膨らませる智美。

 やっぱりこの子ハムスターっぽいよな。

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