「智美はいいよねー」


 部室でふと、百花が呟いた。


「なにが?」

「あんな親が有名人で金持ちなら、苦労しなさそう。スタート地点が違うんだよ」

「あー。だよねー」

「私なんて国公立にしろとしつこく言われるよ。将来は公務員がいいとか」

「ああ、将来のこと考えたくないよね……」

「智美の場合は多分、明空コンチェルンの社長でしょ。いや、出来る社員を婿養子に構えて社長夫人とか?」


 そろそろ我慢が出来なくなって割り込んだ。


「おい、いい加減にしろ」


 二人の表情が凍る。


「親が天才だったら子も天才なのか? 親が鬼だったら子も鬼なのか?」

「いえ、その」

「それとも私は、百花とか亜紀子のことを、親がどんな人かで判断すべきなのか?」

「……そ、そうじゃないですけど」

「だったら言うな」


「……はい」


「先輩、怖いです」


 百花が不服そうに言う。


「怖くて結構」


 私は少し睨み付けた。


 百花はちょっと嫌な顔をしてから、小声で言った。


「今日は帰ります」


「気を付けて」

 私が言うと、百花はそそくさと出て行った。


「……今日は私も帰るか」


「分かりました、お疲れさまです」

 そう言って、亜紀子はぺこりと礼をした。


 荷物を手早くまとめて外に出ようとすると、亜紀子がもう一度話しかけて来た。


「でも、ちょっと意外でした」

「……何が?」

「衣乃先輩が、智美を庇うなんて」


 ……


「そうか?」


 自然に聞き返せたと、思う。


「智美みたいなタイプは嫌いなのかなと。普段から練習熱心なわけでもないし」


「馬鹿言え」

 私は鼻で笑って、部室から廊下に踏み出す。


「あんな奴は嫌いだ。嫌いな奴でも私の正義に反すれば庇う」


 そう言うと、振り返ることもなくドアを閉じた。

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