Funiculì funiculà

雪村悠佳

 我が高校である藍天学園は、決して部活が強いわけではない。


 ――いや、部活が下火という訳では無い。むしろ、部活が盛んという点では抜きん出た学校だと思っている。それに憧れて入学する生徒も多いとか聞く。

 だけど、「強い」かと言うと話は別で、こと運動部となると――何故だろう、と不思議に思えるくらい、活躍したという話を聞かない。


 まぁ、それが不満と言うわけではない。学生の本分は勉強だと思っているし、全国大会を目指すばかりが部活動だと思ってもいない。


 そもそも私だってインターハイがどうこうとか考えている訳ではない。今のタイムでも、県大会には行きたいとか、その程度だ。

 だけど、やるからには真面目に一生懸命やるべきだと思っている。


 と、いうわけで。


 藍天学園が特に誇るわけでもないが、陸上部は今日もトレーニング中である。


 私の前で後輩の3つの髪の毛が揺れている。何故か髪の毛の縛り方は全員ばらばらだが、揃っているのは、3人ともやる気なさげに無駄口を叩いている点だ。


「だからさー、そもそも英語教師が国語まで同時に教えている時点でおかしいのよ」


 そう言っているのは髪の毛を団子にしてくくっている、3人の中ではいちばん背の高い子だ。亜紀子あきことか言っただろうか。


「だよねー、あの先生には日本の心がないのよ」


 そう言ってるのは、若干カールが掛かった感じの子。この子は目立つ感じで最初に覚えた。百花ももかって名前だ。


「なんか、日本語も全部アルファベットで書きそうじゃない?」


 そう言ったのは2つに小さく縛った、小柄というより幼い感じの子。確か名前は……


智美ともみ、それはどうかなぁ」

 百花が急に低い声になって言った。そうそう、智美という名前だった。


「面白いけど」

 亜紀子がフォローしてやる。

「えー」

 不満そうな声を出す智美。


「おい、そこ!」


 私が声を上げると、分かりやすく後輩たちがぴょんと軽く飛び上がった。


「手を抜いてただろ!」


「あ、いや、木島先輩、そういうことは、ちゃんと頑張ってます!」

「頑張ってます!」

「ます!」


 3人が異口同音に言う。ちなみに台詞の長さと背の高さが比例した。


「問答無用、あと二周追加!」


「無茶苦茶だぁー!」

「あくまー!」

「おにー!」


 好き勝手な声をあげる。


「誰が鬼だー!」


 怒った声を出すと、後輩たちは慌てて全速力で走り去った。……全く。まだあれだけ走れる元気があるんじゃないか。


 肩をすくめて一度靴紐をちらっと見ると、自分もまた少しスピードを上げた。


「中途半端に部活なんて参加しても面白くないだろうに」


 部活に入ることは強制されているわけでもない。嫌々やるくらいならサボればいいのにと思う。……しかし実際のところ、一生懸命にジョギングをする部員は少ない。暑ければ暑いからとサボる理由にして、寒ければ寒いからとサボる理由にして……だとしたら今日は何だろう。春眠暁を覚えず? いや、ジョギングしながら居眠りをできるのならむしろ凄い。


「私だって鬼になりたい訳じゃないんだが」


衣乃いの、ごめんねー」


 ふと横を見ると、おっとりとした感じのショートカットの子が、苦笑い混じりに私に話しかけていた。


沙織さおりが謝ることでもないだろ」


 こう見ても沙織はうちの部長である。多分部でもいちばん真面目な子なのだが、いつもふわっとしてあまり苦しそうな表情を見せないのが何となく少し悔しい気がしなくもない。


「部長として、もう少し強く言ってあげられればいいんだけど」

「まあ、それも私の役回りだろうしな」


 正直、沙織はどちらかと言えば優しくまとめる方のタイプだと思っている。逆に私はあまり優しいアメを担当するのは得意じゃないと自分で分かっているので、沙織みたいなタイプがいてくれるのは本当にありがたい。


「でも、鬼はないよね、オニはちょっと」

 困ったような顔で言う沙織。


「聞いてたんだ」

「そりゃ聞こえるよー。結構叫んでたもん。ちょっと私からも叱っておくよ」

「ま、実際オニだし」


 沙織が苦笑いを浮かべる。


「女の子が自分でそれ言っちゃだめだよー」


「厳しく言うことも、時には大事だ」


 私の言葉にそれはそうだけど、と言いながら、沙織は少し足を緩めた。

 それに合わせるように自分も少しスピードを落とす。


「それにさ――本当に鬼って悪者なのかな」


「災厄を祓う鬼みたいなのもあるみたいだよね」

 遠ざかった後輩たちの背中がまた近付いていた。


「そういうのもあるし」


 抜き返すのはもう少し後でいいだろう。

 空を見上げて、沙織に言った。


「一方的に退治して、略奪するのは、本当に正義なのかな」


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