現在――二〇二一年 十二月二十九日 水曜日④
「……いいのでしょうか、本当に?」
りんかが十秒近くを経てやっと声を発した。
「だって他にやることないんでしょ? 先ほど申しあげたように、りんか先輩を除霊できるレベルの霊能力者はごくわずかです。一年中、四六時中、
モナカの説明を受けて、りんかが杏奈を見た。「……どう思いますか?」
「別にいいと思います。……あの」杏奈が話題を変えた。「先輩にひとつ訊きたいことがあって。若葉に、なんて言ったんですか? 若葉を押し倒したあのときに」
「ああ……あれですか」
りんかが思い出すような顔つきになった。
「わたし、若葉さんにこう言いました。いままでやってきたことをすべて打ち明けて自首しろって。そうしないと、みんながおまえを呪い殺すぞって」
みんな――あのとき残留思念となって現れた若葉が殺した人たちのことか。その効果は絶大だった。正気を失った若葉は何度も何度もうなずいていた。自業自得とはいえ、あまりにもあわれな友人の姿を思い出してしまい、杏奈の胸はきりきりと痛い。
「すみません、脅迫ですね!」
りんかがまた泣きだしそうになる。「ああするしかなかったとはいえ」
「……あれで、よかったんです。わたしは助かりました。ありがとう、先輩」
杏奈の本音だ。「警告文も最初は怖かったけど、ありがとうございました」
「そんな!」
りんかはルビーリングを床に置いて、とうとう土下座した。「そうでした。警告文の犯人はわたしです。怖かったですよね、面目ない。ごめんなさい!」
「いや……あの、わたしはもう気にしていませんよ。どうか
「若葉さんが、なにか企んでいそうだとは気づいていたんです」
りんかは土下座を継続した。
「わたし、昔から勘だけはよくて。モナカさんが言うには霊感だそうです。杏奈さんはお気づきではなかったみたいですが、杏奈さんを見ているときの若葉さんの顔って、ふつうじゃない気がして……。こりゃ、なんかありそうだ。そんな勘が働きました」
そう、若葉はふつうではなかった。殺人鬼だった。
「佐絵さんを例外とすれば、誰よりも早く台座の謎を解き、古坂の死体を発見したのが若葉さんです。わたし、若葉さんが怪しいと思っていたので、透明化して彼女のあとをつけていたのです。台座の謎を解いたときの若葉さんを間近で見ているんです」
若葉は夜中に展示室の外でハイヒールらしき足音を聞いたと言っていた。りんかはそのときのことを言っているのだろう。
「若葉さんは台座の謎を解いたこと、白骨化した死体を発見したことをずっと黙っていた。友人の杏奈さんにさえ伝えなかった。どう考えても変です。そのくせ、なぜか佐絵さんの部屋に行って、なにやら話しこんでいました。いま思うと、佐絵さんを脅していたんですね。八年前の事件のことで」
りんかが深く息を吐く。
「佐絵さんが八年前の事件の関係者だってことは、もちろん知っていました。佐絵さんが第四女子寮に入寮したばかりのころは追い出したほうがいいんじゃないのかなって思ったこともあります。でも、佐絵さんは悪いことをするでもなく……それで放置していたんです。佐絵さんは八年前の事件の共犯者ですけど、彼女にも被害者としての側面はあると思います。それに、寮生としての彼女は面倒見がよくて、慕われていました。わたしも、嫌いになれないっていうか……」
わかる。襲撃された杏奈でさえ、憎みきれないでいるのが佐絵だ。杏奈を殺すのにも反対してくれたらしい。去り際には「恨めよ。恨まれて当然のことをした」とさらりと言ってのけられた。さらりと言われたら、恨みきれなかったよ。
「とにかくです」りんかが話を戻した。「わたしはあのとき、勝手に若葉さんや佐絵さんの部屋に入るわけにもいかずに……しかし、なにかあるぞって確信したのでした」
ちなみに、りんかは土下座したままだ。
「よくないことが起こるかもしれない。杏奈さんは寮にいてはいけない。若葉さんと一緒にいてはいけない。そんな気がして、わたしが杏奈さんに警告文を送りつけた次第です」
りんかは土下座したまま、そっと顔だけを上げた。
「よもや、若葉さんが殺人鬼だったとは……! わたしの勘が外れていて、若葉さんが古坂の死体を発見したにもかかわらず、秘密にしているもっともな理由があるかもしれない――そんなふうにも思って、警告文に具体的なことは書きませんでした。もっとちゃんと調べて、杏奈さんに具体的な警告を行うべきでした」
もっとちゃんと調べようとしたら、若葉と佐絵の部屋に侵入しなければならなかったろう。不法侵入だ。真面目すぎる吉野りんかに、それができたとは思えない。
「話、終わりました? 終わったのなら……そうですね、仲よくやりますか」
モナカがパンパンと手をたたいた。「こうなったら、そうするしかないですからね。今日からわたしたち、友だちですよ」
「えっ……?」
蚊の鳴くような声を発して、やっと土下座をやめてくれた先輩に、モナカが手を差し伸べた。
「友だち……?」りんかの目がぶわっとうるんだ。「こんな……わたしが?」
「なにか問題でも?」
「わたしも、それでいいと思います」
杏奈もモナカと同じように手を差し伸べた。「りんか先輩」
「そんな!」
りんかは、とうとう泣きだしてしまった。ずっと、さびしかったのだろう。
「うれしいです。うれしすぎて、もう一回、土下座しそうです」
土下座はもういい。杏奈とモナカが差し伸べた手を、りんかは左右の手で最初はぎこちなく、次第にしっかりとにぎりしめてくれた。長い人生だ。たまにはこんなこともある。
瀬戸杏奈、武藤モナカ、吉野りんかの三人は、手をにぎったまま笑い合って、――そして友だちになった。鳩の顔の赤ずきんと、吉野りんかと、友だちに。
――おしまい――
そして友だちになった ――鳩の顔の赤ずきん―― キャスバル @akaisuisei123
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