現在――二〇二一年 十二月二十九日 水曜日③

 りんかは、すがるような眼差しでモナカを見た。モナカは、うなずく。


「先輩は強力な怨霊です。銃弾食らって平然とできるのって、幽霊のなかでもトップレベルですよ。銃弾ごときで幽霊は倒せませんけど、それでも多少は痛がりますからね。全然痛がる様子すらなく、平然としていられるのは強力な怨霊たる証左です。

 それだけ強力な幽霊は、超凄腕の霊能力者じゃないと除霊はできません。わたしの祖母クラスのね。日本でも数えるほどしかいませんよ、そんな人。除霊ができると称して金を貢がせようとする詐欺師ならたくさんいますけどね。残念ながら祖母は死んでいます。詐欺師ではない他の霊能力者の方々も超多忙です」


「……では、わたしは、どうすればよいのでしょうか?」

 気まずそうにたずねた吉野りんかに、「ふつうにすごせば」とモナカは返した。


「暇なら、また大学に通えばいいでしょ。先輩の友だちはとっくに卒業しています。教授や講師の人たちも八年前の学生の顔なんて憶えていません。憶えていたとしても、幽霊を信じている物好きなんて、そうそういません。そっくりさんだと思われるだけです」


 りんかはがくぜんとした面持ちでモナカの話を聞いていた。


「し、しかしです。わたし、学費を払えません」

「そんなことは気にしなくてもいいんですよ。どうしても気になると言うのなら、それ――そのルビーリングが学費代わりです。ここの家賃の代わりでもある」

 そう言ったモナカの指、杏奈の視線、「それは……どういう意味でしょうか?」とたずねたりんかの視線も、いっせいに幽霊が持っているルビーリングに向けられた。


「りんか先輩は殺された腹癒せに宝石を盗んだ。その一方で、。そうですよね?」


 別の理由? 杏奈がりんかのほうを見ると、幽霊は控えめな仕草であごを下げている。うなずくだけでなにも言わないので、「氷沼紅子ですよ」とモナカが語を継いだ。


「そのルビーリングは氷沼紅子がとても大切にしていた物です。他方、彼女の娘ふたりは拝金主義者だった。相続した宝石をすぐに売り払うような人たちだった。紅子はそんな娘たちの性格を知りぬいていたから、一番の〝お気に入り〟だけは死後であれ渡したくなかった。ゆえに、別荘にルビーリングを隠して、孫の村木にひそかに相続させた」


 ところが、その村木は紅子の娘たちをしのぐ曲者だったわけだ。


「りんか先輩が宝石を盗んでいなければ、八年前の時点で佐絵さんが盗んでいました。佐絵さんがそうしなくても、紅子の娘ふたりが売却したはずです。氷沼紅子からしてみれば、どっちも嫌でしょ。氷沼紅子がルビーリングを大切にしていたことは、ここの寮生ならみんな知っています。りんか先輩もご存じだったはずです。だから守ってあげた」


「どうしてそれを最初に言わなかったんですか?」

 杏奈が訊くと、「盗人ぬすっとたけだけしいですよ」と、りんかは涙ぐんで答えた。

「盗みは盗みです。反省が先のはずです」


 だ。そんな人だからこそ、氷沼紅子の意志に寄りそってあげたいと思ったのだろうか。わかりやすく言うなら、優しい人なのだろう。


「氷沼紅子は大学の創設者にして、第四女子寮のもとの持ち主です」

 モナカがルビーリングを見つめながら言った。「すでに亡くなっているとはいえ、特権的な存在。やんごとなき彼女がゆるしてくれますよ。家賃と学費を払っていなくても」


 なんだかんだでモナカも優しい。いつも素っ気ないから、わかりにくいけど。


「ですが……」りんかは手のなかの宝石を見つめつづけていた。「これ、返さないと。それが道理です。たとえ売り払われることになったとしても」


「ええ、返したほうがいいでしょうね。先輩の心労を軽減するためにも」

 モナカがそろりとあごをなでた。「差出人不明の郵便物として送りつけるか……まあ、方法はわたしが考えますよ。それまでもうしばらく、先輩が〝保管〟しててください」


 杏奈もその考えに賛成だ。


「しかるがゆえに」モナカが宝石からりんかの顔へと視線を移した。「暇なら大学にでも通って、寮が解体されるまでは、とりあえずここに住みつづければいいんです」

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