苦味も辛味も知る者はなく

 気がつけば、あれから数十年が経ちました。


 師――ラス・カサス司祭は、相変わらず忙しくスペインと新大陸インディアスを往復しておられます。多くの敵が師を非難し、攻撃し、遠ざけようとしております。それでも師は屈することなく、インディオへの非道を止めようと活動なさっています。


 あれから、状況は変わったのでしょうか。

 師の尽力もあり、近年はインディオの奴隷化を禁じた教皇勅令や、インディオの保護をうたった新法も発布されました。だが運用は形骸化し、新大陸での収奪は止まるところを知りません。

 キューバ島のインディオは、既にほとんどが絶滅したといいます。

 考えたくはありませんが、あの労働者たちもまたおそらくは――




 そういえば近年、スペイン宮廷で新しい飲み物が流行っているそうです。

 チョコラトルチョコレートというその飲み物は、新大陸のカカオ――カーカーアトルの豆に、砂糖を加えて甘くした飲み物だそうです。

 チョコラトルの評判を聞くたび、私の内にはかつてのひどい味が思い起こされ、溜息が出ます。

 戦士の飲み物は、いまや苦味と辛味を抜かれ、口に甘い贅沢品となりました。


 今日も貴族たちは、金の杯に甘い夢を見るのでしょう。隠された苦さと辛さに、知らぬふりをしながら。



【終】

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インディアスにおける我が師についての簡潔な記憶 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki

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